【税法ガール】第10話 堂々巡りの夜(令和2年第1問)
年内に完走できるか微妙なペースですが(実務修習も始まるし)、ぼちぼち書いていくのでお付き合いください。
この10話と11話は年末年始に投稿する予定ですが、12話以降は2月に入ってからの更新になると思います。実務修習が悪い。
前回
lawschoolreport.hatenablog.com
ーーーー
「しっかし、山口先生もまためんどくさいレポート課してきたよなー」
「・・・」
「前期と違って今回は平常点に入れるって明言してるもんだから手が抜けないのが辛い所だが...」
「・・・」
「まあ二人いれば何とかなるし、今日は俺の奢りで何でも頼んでくれよ」
「・・・・」
「おい、俺の話聞いてるか?」
「もう駄目だ、死にたい、早く殺してくれ.....」
テーブル席向かいに顔を突っ伏したまま、今日の自主ゼミ兼残念会の主役が呪詛のように呟いている。
文化の日の翌日である今日の朝、講義室に来てみると相方が死んだ魚のような濁った眼をしてスマホを弄っているのを見た。挨拶は返ってきたものの昨日とは打って変わって覇気が全くなく、講義の間もレジュメにメモも取らず、頬に肘をついて外を眺めていた。
反応を見るにおそらく彼女と何かあった、いや正確には振られたんだと思う。
こういう時はリカバリーが重要だ。今日の法人税法の講義で発表された中間レポートの検討も兼ねて奴をここに招待したのだが、連れてくるのにも一苦労だった。何しろ赤信号にも拘らず横断歩道を渡ろうとするもんだから。
「お前の反応から昨日何があったか大体想像つくけどよ、何か食わねーと色々参っちまうぞ。どうせ朝から何も食ってないだろ。俺はオムライスとナポリタン、チョコレートパフェとパンケーキにしようかな。」
一応昼は軽めに摂っているが、もしこいつが何も食べないとなると色々と苦しい。
「..,,何か、色々気を遣ってくれて済まないな、タクヤ。」
「まあな。付き合ってくれるのも俺くらいだからな。今日は沢山食ってレポートも終わらせようぜ。」
ようやく乗り気になってくれた所で、俺は水色の制服を着たウェイトレスに注文を頼んだ。
しかし、ここの店員さんは皆可愛い。聞けば、一度彼女と付き合う前に勉強会で来店した場所らしい。あまり他人に教えたくないのも分かる気がする。決して高級感あふれるカフェではないが、レトロで長時間滞在できる、落ち着いた雰囲気に包まれている。
個人的にはピンクの制服を着た、黒いセミロングのウェイトレスが好みだ。教育講義棟で似た人を見たことがあるが、他人の空似か?
まあそんな事はどうでもいいだろう。俺は気持ちを切り替えて、レポート課題の問題が印刷された紙を鞄から取り出した。
Aは,自己のノウハウを基に競馬予想ソフトウェア(以下「ソフト」という。)を開発し,これにユーザーが独自の条件設定を行うことができる機能を付けて売り出せばより多くの利益を得られるのではないかと考え,平成26年から,このソフトの小売販売事業を始めた。もっとも,これと並行して上記の方法による馬券の購入も継続し,従前と同程度の利益を上げながら,そこで得られる新たな競馬予想ノウハウをソフトのバージョンアップに取り入れていた。平成28年には,株式会社B(以下「B社」という。)を設立して同社の代表取締役に就任し,同社において,株式会社C(以下「C社」という。)その他の小売業者にソフトの卸売を行うこととした。
Aは,個人で営む不動産賃貸業でも安定した収入を得ており,所有する建物の一つを,毎月の賃料を当月末日に支払う約定でDに賃貸していた。平成28年10月1日に借地借家法第32条に基づく賃料増額請求権を行使してDに対し賃料を月額20万円から25万円に増額するよう求めたところ,Dがこれに応じず,民事調停も整わなかったため,AはE地方裁判所(以下「E地裁」という。)に賃料増額請求の訴訟を提起した。その結果,E地裁は,Aの請求を一部認容して賃料を月額23万円とする判決を言い渡し,この判決は平成29年12月28日に確定した。そのため,Dは,平成30年1月4日にAに対し,月額23万円で計算した平成28年10月1日以降の増額分の未払賃料及び遅延損害金(以下,両者を併せて「本件未払賃料等」という。)を全額支払った。
他方で,B社の経営も順調であったが,ソフトの卸売先であるC社の資金繰りが悪化し,同社から,同社の所有する甲土地をB社に売却するので,その売買代金を未払のソフト仕入代金と同額にして相殺処理してほしいとの申出を受けた。B社は,C社への資金援助になると考えてこれを承諾し,平成30年8月1日にC社との間で,時価3000万円相当の甲土地を代金4000万円で買い受ける旨の売買契約を締結し,その売買代金債務とC社のB社に対する未払のソフト仕入代金債務4000万円とを相殺して,同日にC社の費用負担で甲土地の所有権移転登記を受けた。
Aは,令和2年5月1日にB社から甲土地を時価と同額の代金3300万円で買い取り,これを不動産賃貸業の用に供した。なお,B社もC社も,毎年1月1日から12月31日までの期間を事業年度としている。
以上の事案について,以下の設問に答えなさい。
〔設問〕
1⑴ Aが平成25年に得た当たり馬券の払戻金に係る所得は,Aの同年分の所得税の計算上どの所得に分類されるか,説明しなさい。
⑵ Aが平成26年に得た当たり馬券の払戻金に係る所得は,Aの同年分の所得税の計算上どの所得に分類されるか,説明しなさい。
2 AがDから得た本件未払賃料等に係る収入は,Aの所得税の計算上いつの年分の不動産所得に係る総収入金額に算入されるか,説明しなさい。
3⑴ B社によるC社からの平成30年8月1日の甲土地の買受けに関して,B社の同日を含む事業年度の法人税の計算上,損金の額への計上はどのようにすべきか,説明しなさい。
⑵ B社によるAへの令和2年5月1日の甲土地の売却に関して,B社の同日を含む事業年度の法人税の計算上,益金の額及び損金の額への計上はどのようにすべきか,説明しなさい。)
「設問1は(1)と(2)に分かれているけど、聞かれていることは同じ所得分類だから、これはまとめて検討した方がいいだろう。」
俺と同じように、本日の主役もレポート課題の問題を見ながら色々呟いていた。目の前の課題で気が紛れるならそれでいいと思うが。
「だな。外れ馬券だと確か最近判例が出たんだと思うが、いきなり判例に触れるよりも普通に条文に沿って検討した方がいいか。競馬がギャンブルなのを考えると、まず検討すべきなのは一時所得(所法34条1項)か?」
「まあそれでもいいけど、今回はAが単に馬券を買うんじゃなくて色々やってるみたいだから、事業所得(所法27条1項)を検討してもいいんじゃないか。」
「何で事業所得が出てくるんだよ。ギャンブルが事業に当たるわけないだろ。」
「確かに、趣味でパチンコを打ったり馬券を買ったりしているなら事業に該当しないのは当然だけど、プロとして継続的にギャンブルをしているならば、態様によっては事業に当たりうる。また、パチンコメーカーの社員が商品開発の一環でパチンコを打つ場合は、会社での業務そのものと評価されるかもしれない。
要するに、納税者の行為態様を個別具体的に検討して判断すべきってこと。」
「なるほど...それは一理あるな。
今回Aは、不動産賃貸業を営む一方で、馬券を購入して競馬をやっている。ただ、購入方法が特殊で、Aは利益を必ず上げるために年間で開催されるほぼ全てのレースで馬券を購入しているな。Aは毎年5000万円も馬券を買って、平均して年間で200万円の利益を得ている。
5000万円もギャンブルに費やしている時点で、フツーの競馬愛好家と違うんだよな...」
「絶対負けないために全部馬券を買うといっても、外れたら元手を回収できないわけだから、Aはその意味で回収できないリスクを負っている。購入も自分が考えたパターンに従っているわけだから、弁護士顧問料事件判決【38】の事業所得の意義における、企画遂行性の観点については問題ないだろう。」
「利益を上げるために馬券を買ってるなら、営利性と有償性についても満たされるんじゃないか?」
「ここでの営利性と有償性というのは、対価を得て継続的に遂行される営利活動という意味だ*1。例えば顧問弁護士業務は、顧問先から顧問料を貰って弁護士としての業務、具体的には社内紛争に関する法的アドバイスの提供という営利活動を行っているから、営利性と有償性が認められて、事業に該当する。
競馬の場合は、馬券をJRAから購入して、的中した馬券から払戻しを受けているだけであって、JRAの為に何か営利活動をしている訳ではないんだ。だから、事業としての営利性と有償性は認められず、事業所得該当性は否定される。まあ、利益が毎年大きく変動しているから、事業としての安定性を欠くとして否定した方が楽かもしれないな。」
「何か、お前滅茶苦茶所得分類できるな...」
前期の授業の時は、ここまで教授も詳しく説明していなかったはずだ。
「まあ、放課後の勉強会で彼女、いや元カノに鍛えられたからな...」
そう言って彼はエスプレッソコーヒーを一口啜る。悲しい。
「事業所得の次はいよいよ一時所得の検討か。一時所得該当性の要件は、
①34条1項に列挙された8種類の所得のいずれにも該当しないこと
②営利を目的とする継続的行為から生じた所得でないこと
③労務その他の役務又は資産の譲渡としての対価性を有しないことか。
①と③は問題なく認められるから、問題は②の要件だな。
これについては、外れ馬券必要経費事件判決【48等】で示された考慮要素を挙げて検討すればいいだろう。」
そう言って、俺は百選のコピーを渡した。
所得税法上,利子所得,配当所得,不動産所得,事業所得,給与所得,退職所得,山林所得及び譲渡所得以外の所得で,営利を目的とする継続的行為から生じた所得は,一時所得ではなく雑所得に区分されるところ(34条1項,35条1項),営利を目的とする継続的行為から生じた所得であるか否かは,文理に照らし,行為の期間,回数,頻度その他の態様,利益発生の規模,期間その他の状況等の事情を総合考慮して判断するのが相当である(最高裁平成26年(あ)第948号同27年3月10日第三小法廷判決・刑集69巻2号434頁参照)。
「本件では、Aの馬券購入は継続的行為で、かつ営利目的があると認定できるだろう。
馬券の購入期間は1年と長いし、購入回数は著しく多い。通常の購入者と違ってトータルで勝つことができるように購入していて、現に一定の利益を上げている。」
「判例に従うならそうなるな。利益の金額が平均200万円と規模が小さいことや、レース自体は単体として独立しており、継続性が無いと評価することもできなくはない。
結論はどっちでもいいだろう。一時所得に該当しないなら、雑所得(所法35条1項)該当性を認めることになる。」
「これで小問1は終わりか。次は小問2で、これはAの平成27年以降の行動を踏まえて解答させる奴だな。まずは事業所得の検討をしないといけないのは分かっているが、これは小問1と何が違うんだ?」
「恐らく、ソフトウェア開発の一環として馬券を購入していることに着目して、馬券の購入をソフトウェア開発販売という「事業」に付随する行為と評価させるのが本問のポイントだと思う。事業付随行為によって得られる利益は、事業の利益とされるから当然事業所得に分類される。
まあ、仮に気づけなくても事業所得の意義に従って検討すれば十分じゃないか。馬券の購入は、終局的にはソフトウェアの販売という対価を得て継続的に遂行される営利活動に繋がることから、事業としての営利性と有償性は認められる、みたいな。」
「なるほど...基本に立ち返って考えることの必要性か。」
判例だけじゃなくて、所得の概念も理解しておけ、という司法試験委員会のメッセージが含まれているかもしれない。
「こちら、お食事のオムライスとナポリタンです。デザートは後ほど準備致します。
おや?貴方は前にお二人で来られたお客様ではないですか。女性の方は?」
水色のウェイトレスの人が料理を運んできた。ナポリタンとオムライスは両方とも熱々で湯気が立っている。出来合いだとしてもいっぺんに作るのは難しいはずだ。調理人は要領がかなり上手いんだろう。
奴は前回も来ていたのか。フツーの大学院生がお洒落な喫茶店なんて知らないはずだから、多分彼女に教えてもらったんだろう。ここは一応フォローしておこう。
「ああ、コイツ先日彼女に振られたんですよwww」「やめないか!」
フォローできなかった。
「ふんふん、なるほど....それで、──さんは急に彼女さんに別れを告げられてしまったということですね。」
ウェイトレスさん改めカンナさんは、俺たちの話を勤務中にも拘わらず聞いてくれた。一応オーナーにも許可を取って、早めに休憩を入れてくれたらしい。
「ウェイトレスさんは長いのでカンナでいいですよ」は本人の弁。
「デートの日までこんなことは無かったですし、水族館を回っている時も楽しそうにしていました。....なので、終わった後にあのようなことを言われたことが不思議で、納得できません。」
当の本人が声を絞り出すように言う。
「彼女に会って直接確認しようとしたんですけど、連絡先も全て削除されたらしく音信不通になっているそうです」
「それは...困りましたね....」カンナさんがうーんと腕を組んで唸る。
「僕のことが嫌いで、一緒にいるのが苦痛だったと直接言われるのならばまだ納得できます。彼女にとって僕は負担になってましたから。
でも、僕にはそう見えなかったんです。何か重要なことを隠しているんじゃないかって。本当のことを知りたいんです。うやむやのまま終わりにしたくはない。
でも...どうすればいいか分からなくて...」初めて彼の本音を垣間見た気がした。
「実は私も、同じようなことを経験したんです」
「カンナさん彼氏いるんですか!?」「ごめんなさいね。にひひ。」
「詳しくは言えないんですけど、私にはとても大事な秘密があって、そのせいで彼とは一緒にいられなかったんです。なので一回彼の告白を受け入れた後、デートの時に振ってしまった。
けれど、彼は私のことを諦めきれなくて。色々無茶をして、それでも私に会いに来てくれた。その時、とても嬉しかった。私の為だけに、大変なことをしてくれる男性がいるんだった。だから私は、彼の傍にいたいと思って、もう一度彼を受け入れたんです。」
そう語るカンナさんの表情は、温かい微笑みに満ちていた。
「だから、彼女さんに会いたいと切に思っているなら、──さんもとことん最後まで頑張ってください。結果がどうであったとしても、それなら後悔しないと思います。
私、いや私たち店員一同、貴方の恋を心から応援しています」
そう言って、足早にカンナさんはキッチンに戻っていった。
「だってさ。さっさとレポート終わらせて、どうしたらいいか二人で考えようぜ。」
「有難う。タクヤには助けられてばかりだな」
「いいって。さてと、次は設問2だな。
設問2の問いは、「いつの年分の不動産所得に係る総収入金額に算入されるか」になっている。これは所得の年度帰属(所法36条1項)の論点だな。年度帰属については権利確定主義で考えればいい。
本問の場合は、AがDに対して賃料増額請求訴訟を提起して、Aの勝訴判決が平成29年12月28日に確定している。実際にDが本件未払賃料等を支払ったのは年が明けてからだが、判決確定によって賃料増額請求権(借地借家法32条1項)と損害賠償請求権が確定したと評価できる。なので、平成28年分の不動産所得(所法26条1項)に係る総収入金額に算入される。こんなもんか?」
特にひねりはない問題だと思う。
「解答の流れはそれでいいと思うけど、賃料増額請求権は形成権であり行使の時点で権利としては発生していることや、Dが請求を拒んでいるため確定したと評価できないこと、仙台賃料増額請求事件判決【67】によれば賃料増額請求権が争われた場合権利確定時は判決確定時となることを説明すべきだろう。」
「細かい所にも気を配るべきか。まっ、そこは時間とスペースの問題だけど。」
「設問3は法人税法の問題か。まず小問1だが、B社は平成30年8月1日にC社から甲土地を4000万円で購入している。甲土地の時価は3000万円だから、この事実だけだとB社は1000万円損していることになる。そうすると、1000万円は「損失」(法法22条3項3号)として損金に算入されるのか?」
「いや、B社はC社への資金援助の目的で甲土地を購入しているから、1000万円はC社への資金提供と評価すべきだろう。そうすると、この1000万円は「販売費、一般管理費その他の費用」(同項2号)に該当する。以上は原則による処理だ。」
「原則というと、じゃあ例外があるのか?」
「ああ。「別段の定め」(同項)である法法37条1項は、「寄付金の額」(同項7項)については恣意的な損金算入を防止するために、損金算入限度額の範囲で損金算入を認めることを規定している。
この「寄付金の額」には、経済的な利益の贈与の額も含まれるところ、今回のB社による甲土地の購入によって、C社は1000万円の売却益を取得している。この売却益は、本来B社が時価で購入すべきところ1000万円高い価格で購入したことによって生じたものであり、通常の取引通念(法法22条の2第4項参照)に反している。
なので、1000万円は経済的な利益の贈与の額として「寄付金の額」にあたる。」
「何円損金に算入されるかについては求めなくてもいいのか?」
「具体的な参入方法は法人税法施行令が規定している*2から、今回は参照されてない以上要らないはずだ」
「なるほどね。寄附金については復習しとかないとな...
小問2は、益金の額が3300万円(法法22条2項)、損金の額が譲渡原価の3000万円(法法22条3項1号)が答えになるだろ。1000万円については、既に損金算入済みか、損金の額から除外されているからな。
これでレポート終わりっと!デザート持ってきてもらうか。」
「お疲れ。実は一つ気になってることがあって...」
そう言ってコソコソ声で相談してきた。なるほど...これはもしかしたらそうなのかもしれない。
ーー
「ご馳走様でした。あいつ、元気になったみたいで。色々と有難うございました。」
会計を済ませて、俺はカンナさんにお礼を言った。カンナさんの言葉が響いたみたいだ。
「いえいえ。私はお客様のお話を聞くことしかできませんから。また色々とお話を聞かせてくださいね。」
「はい、また来ます。」
そう言って、店を後にした。時間はもうすぐ8時を回るが、作戦会議は俺の家でまだまだ続きそうだ。友人として、やれることはとにかくやっておきたい。
ーーーー
「あら、見てたんですか!
もしかして嫉妬ですか~。ヤキモチさんですね!にひひ。」
「う、うるさいなっ。ただ少し栞那が気になっただけから!
いくらボカしたとはいえ、いいのか。彼らに「死神」について話してしまって。」
「流石にバレてはいないと思いますけど...でも、彼らが余りにも困っていたようなので。一応『蝶』についてはこちらでやっておきましたよ?」
「バレていなければいいんだが。それよりも、何か恥ずかしいな。昔のことを思い出してしまって....」
「事実じゃないですか!もっと自信持っていいんですよ!!
それに、彼ならきっと乗り越えて、私たちにいい報告をしてくれると思うんです。」
「そうだな。
さて、もうすぐ閉店だ。ホールの片づけをしよう。今日は早く帰って、鍋でも食べて温まろう」
「はい!」
(答案例)
設問1(1)
1(1) Aの馬券購入行為が「事業」(所得税法(以下、所法)27条1項)に該当し、払戻金に係る所得が事業所得に分類されるか。
(2) 同項の「事業」とは、自己の計算と危険において独立して営まれ、営利性及び有償性を有し、かつ反復継続して遂行する意思と社会的地位とが客観的に認められるものをいう(弁護士顧問料事件判決参照)。
本件において、Aは購入した馬券が外れた場合購入金額分の損失を被るのであるから、購入自体に企画遂行性は認められる。しかし、当たり馬券による利益の額は年によって大きく変動し安定性を欠くから、「事業」としての営利性は認められない。
(3) よって、「事業」に該当せず事業所得に分類されない。
2(1) では、一時所得(所法34条1項)に分類されるか。
(2) 当たり馬券を源泉とする所得は同項の8種類の所得の中に存在しない。したがって、馬券の購入行為が「営利を目的とする継続的行為」に該当するか、雑所得(所法35条1項)との関係で問題となる。
所得の源泉となる行為が①継続的行為といえるか、②客観的に見て営利を目的とする行為といえるかは、所法34条1項の文理に照らし行為の期間、回数、頻度その他の態様、利益発生の規模、期間その他の事情を総合考慮して判断すべきである(判例同旨)。
これを本件についてみるに、Xは自ら競走馬等の情報を収集・分析した上で構築した購入パターンに基づき、かつ偶然性の影響を減殺し年間を通じて利益が得られるよう、平成25年中に開催されるほぼ全てのレースで馬券を購入している。そのため、購入行為の期間は長期であり、その回数及び頻度は著しく多い。したがって、馬券の購入行為は①継続的行為といえる。
そして、前述の通りXは年間で購入利益を得るすなわち回収率が100パーセントを超えるように馬券を購入しているのであるから、一般的な馬券購入者とは異なり、購入行為が②客観的に見て営利を目的とする行為であるといえる。
したがって、Xの馬券購入行為は「営利を目的とする継続的行為」に該当する。
(2) よって、払戻金に係る所得は一時所得に分類されず、雑所得に分類される。
設問1(2)
(1) 平成25年に得た所得と同様に、当たり馬券の払戻金に係る所得が事業所得に分類されるか検討する。
(2) Aは自己の競馬予想ノウハウを基にソフトを開発しこれを小売販売する事業を開始したが、この事業は「小売業」として所法27条1項の「事業」に該当する。
そして、Xは平成26年までと同様購入パターンに従って馬券を購入し、利益を上げる中で得られた新たなノウハウをソフトのバージョンアップに取り入れている。バージョンアップはソフトの品質に直結しひいては売上に貢献するものであるから、バージョンアップのための馬券の購入行為はソフトの小売販売に必要不可欠であり、小売販売事業の付随行為に該当する。
(3) よって、付随行為である馬券の販売行為も「事業」に該当し、馬券の払戻金に係る所得も事業所得に分類される。
設問2
(1) 所得の年度帰属については、所法36条1項が「その年において収入すべき金額」と規定しており何らかの規範的基準の存在を想定する一方、必ずしも現実の収入に着目していない。また、常に現実の収入があるまで課税ができないとすると、課税年度を課税者が恣意的に選択できることになり、課税の公平性に反する。
そうだとすれば、収入の原因となる権利が確定した時点の属する年度に所得を帰属させるべきである。そして、原因となる権利の存否が訴訟で争われている場合はその判決が確定した時点が権利確定時点となる(仙台賃料増額請求事件判決参照)。
(2) これを本件においてみるに、本件未払賃料の原因となった賃料増額請求権(借地借家法32条1項)は形成権であり、賃貸人のXが権利行使した平成28年10月1日の時点で賃料増額請求権自体は発生している。
もっとも、賃借人であるDは賃料の増額に応じずAがE地裁に賃料増額請求訴訟を提起し、A勝訴の判決が平成29年12月28日に確定した。よって、同日にAの賃料増額請求権は確定したと認められる。
(3) したがって、本件未払賃料賃料等に係る収入は、不動産所得の金額の計算(所法26条1項)上、確定日の属する平成29年分の総収入金額に算入される。
設問3(1)
1 B社は平成30年8月1日、C社から時価3000万円相当の甲土地を代金4000万円で購入しており、実質的に1000万円をC社に贈与したことが認められる。この甲土地購入を卸売先であるC社への資金援助と評価されば、1000万円は「その他の費用」(法人税法(以下、法法22条3項2号)として全額損金の額に計上されそうである。
もっとも、以下の通り本件では法法22条3項の「別段の定め」である同法37条1項が適用され、1000万円の内損金算入限度額の範囲で計上が認められるに過ぎない。
(2) 法法37条1項の趣旨は、寄附金が業務執行上必要な支出か否かの判断が困難であるため、損金算入の上限を設けて恣意的な損金算入を制限し課税の公平を図ることにある。
そして、B社による甲土地の購入は、1000万円の「経済的な利益の贈与」(同条7項)に該当するから、1000万円は「寄付金の額」(同項)に該当する。この「寄付金の額」について、同条1項が適用される。
設問3(2)
(1) B社によるAに対する時価3300万円での甲土地の売却は「有償による資産の譲渡」(法法22条2項)に該当する。したがって、3300万円がB社の益金の額に計上される(法法22条の2第4項)。
(2) その一方、甲土地の譲渡原価(法法22条3項1号)として、4000万円の購入金額の内3000万円が損金の額に計上される。残額の1000万円は「寄付金の額」に該当するため、原価に含まれない。
以上
ーーー
次回(令和2年第2問)
lawschoolreport.hatenablog.com
*1:谷口・276頁
*2:法施令73条参照 https://www.zeiken.co.jp/hourei/HHHOU000010/73.html