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【税法ガール】第7話 八景(平成30年第2問)

お久しぶりです。

この小説は、

・導入パート(物語部分1)

・問題文

・解説パート(ほぼ会話文)

・結論パート(物語部分2)

・答案例 で構成されていますが、書きにくい順に並べると

導入パート>結論パート>答案例>解説パート>問題文(法務省ホームページから引っ張るだけ)となります。

つまり物語を書くのが一番しんどい(本末転倒)

 

前回(平成30年第1問)

lawschoolreport.hatenablog.com

 

 

ーーーー

税法合宿二日目。午前中は別荘の和室で3時間みっちりサトシさんの講義を受講した。

彼の研究分野が所得税法、特に給与所得該当性の限界ということで講義内容もそれに沿う形で行われた。該当性の考慮事情を裁判例も交えて詳細に説明した後、公務員の給与や役員報酬といった類型毎に該当性を検討するものであったが、クイズ形式で楽しく勉強できたと思う。

サトシさん曰く、勤務先のロースクールでもこのように教えているという。優秀な研究者は教え方も上手いことを実感した。

 

「めっちゃ人いるよな...」

海パン姿のタクヤが海水浴に来ている人々の姿を見渡して呟く。

「大学の周りは海どころか泳げる場所が無いしね。海に来たのは何年振りだろうか...」

夏休みとあってか、家族連れの観光客も多く、色とりどりのテントが砂浜に乱立している。

 

講義が終わった後、僕たち4人は車で海の公園へ移動し、遅めの昼食ということでバーベキューを堪能した。

下っ端ということで肉や野菜を率先して焼こうとしたが、「今日は私達に任せてくれ(ちょうだい)」というサトシさんとお姉さんのご厚意に甘え、沢山食べることができた。お二人には感謝しかない。

後片付けをして、現在午後2時。午後5時まで自由行動ということで、タクヤと二人で海水浴用に着替えてきたところだ。

 

「折角だし、ここから向こうのブイまで競争しようぜ。負けた方がかき氷奢るということで。」タクヤが水泳競争を提案してくる。

「別にいいけど、肉食べたばかりで腹大丈夫なのか?」

「俺はこのために食う量をセーブしておいたのさ。お前こそ、あれだけバクバク食って大丈夫かよ?彼女も若干ドン引きしてたぜ。」余計なことを...

「まあ、お前に少しくらいハンデやるよ。開始の合図はそっちが決めていい。」

彼に何とか食らいつければワンチャンあるのではないかと考え、僕は額に掛けていたゴーグルを装着した。

 

・・

・・・

「まあ、そりゃ勝てないわな...」

結果は20メートル以上も離されてしまった。ロースクールに入ってからまともに運動していないし、当たり前か。

海の家で買ったかき氷(大サイズ)をタクヤに渡すと、「悪りいな。まあ、普段の運動の差ということで。」と少し気まずい顔で言った。どうやら毎日大学のグランドの隅でトレーニングしているらしい。腹筋を割ろうとしているそうだ。

折角だしもう少し泳いでくるわ、と言って沖の方へ向かったタクヤを見送り、僕は海の公園を散策しようと浜辺を歩く。そういえばサトシさんたちはどこへ行ったんだろうと駐車場へ向かおうとした所、お姉さんを発見した。

 

「お疲れ~水泳楽しんでる?」「お陰様で」

お姉さんはレジャーシートにパラソルを立て、日陰で本を読んでいた。白のワンピースタイプの水着を着て、薄いブランケットを羽織っている。

ブランケットの隙間から彼女の体のラインが意図せずに目に入ってしまい、何とも言えない気持ちになってしまう。

「お姉さんは泳がないんですか?」努めて冷静に、僕は彼女に訊ねる。

「焼きたくないし...私はもういいかなって。サトシさんに説得されて少し海に浸かったけどね。読みたい本はあったしここで消化しちゃおうと思ったの。」

「海に来て着替えてまで研究する人を僕は初めて見ました...」熱心だとは思うが。

「私のことよりも、君、今日の夕食の後時間空いてる?案内したい場所があるの。付き合ってくれない?」

「特にやることもないので。はい、いいですよ。」タクヤと二人でじゃないのか、と疑問に思いつつも僕は承諾した。

「ありがとう!8時に七里ヶ浜駅の改札口に来てちょうだい。そこからは案内するわ。」これ以上は特に用が無いというように、お姉さんは再び本に目を落とした。

これは、もしかしてそういうことか?

 

・・

・・・

「わざわざ有難う。税法合宿どうだった?...といっても明日がまだ残ってるけど。」

お姉さんと二人で、夜の砂浜を静かに散策する。

「サトシさんたちには本当にお世話になりましたし、色々と勉強になりました。」

彼女の方を向いて、僕はお礼を言った。二日間衣食住そして勉強と、感謝しても尽くせないくらいだ。

彼女が案内してくれたのは、駅のすぐ裏にある海岸だった。遊泳禁止で来る観光客も多くは無いそうだが、海を静かに眺めたい人の穴場スポットだという。時間帯もあってか、ここにいるのは僕たち以外に夜釣り目的の人が2、3人というところだった。

今日は雲一つなく、空を見上げれば満天の星を眺めることができた。ここで告白できれば最高だよなあと密かに期待しつつ、僕は彼女の次の言葉を待つ。

「それは本当に良かった!私も君たちと一緒に勉強できて新しく発見できたこともあったし、何より君と思い出ができたから。...こちらこそありがとう。」

お姉さんが小声で返してくれた。これはもう行くしかない。

「お前、ここで言わなかったら数少ない友人としてちょっと軽蔑するわ」というタクヤの暴言交じりのアドバイスを胸に、僕は決心する。

 

「だから、僕はあな「だから、最後に二人だけで勉強会しない?確認テストも兼ねて。題材は平成30年第2問。問題データはもうメールで送っておいたから!」

早口でまくしたてられ、タイミングを逃してしまった...

 

 X社は,カキ養殖業を営む資本金1000万円の株式会社で,A,B及びCの3姉弟(以下,この3人を併せて,「Aら」という。)が,それぞれ発行済株式総数の60%,20%,20%を保有している同族会社である。X社はAらの父Dが100%出資して設立した会社で,Dの死亡後,AらがX社株式をDから相続により取得したものである。しかし,B及びCはカキ養殖業に興味を持たず,別の分野の職業に就いたため,X社の取締役はA,B及びCの3名で構成されているものの,X社において定期的に取締役会が開催されることはなく,Aが代表取締役として,経理を含むX社の業務全般を掌握していた。Aらは毎年,暦年を事業年度とするX社の事業年度末を経過した2月中に「株主総会」と称して集まり,AからX社の業績等について説明を受けてこれを了承していたが,B及びCの関心はどちらかと言えばX社についての説明ではなく,その後にAらの家族を交えて,X社が養殖したカキを使った焼きガキや土手鍋を「美味しい遺産ね。」「今年の配当も美味いぞ。」などと言いつつ賞味することにあった。
 X社のこのような状況を奇貨としたAは,平成27年中に,自ら,帳簿に架空の外注費を計上し,その支払を装って1000万円をX社の銀行口座から自分が管理する銀行口座に移して(以下,この1000万円の移動を,「本件資金移動」という。),遊興等で生じた借金の弁済に充てた。
 平成29年中に行われたX社に対する税務調査で,本件資金移動の事実が判明したため,所轄税務署長Eは,この1000万円を平成27年にAがX社から与えられた賞与と考え,X社に対して源泉所得税の納税告知処分(以下,この納税告知処分を,「本件納税告知処分」という。)を行うとともに,平成27事業年度(平成27年12月末に終了する事業年度を指す。)の法人税につき,課税所得を1000万円増額させる修正申告を勧奨したが,X社がこれを拒否したため,勧奨した修正申告と同じ内容の増額更正処分(以下,この増額更正処分を,「本件更正処分」という。)を行った。
 上記の税務調査後の平成30年2月中にX社の「株主総会」が開催され,その場でAは,①X社の代表取締役の地位を濫用し,X社の資金を引き出して私的な支払に充てたこと(以下「本件横領」という。)を認めるとともに,②その弁償を約束し,これがB及びCに了承された。その後平成30年5月に,AがX社に対して1000万円を支払うべき債務を負担していることを確認し,これを平成31年(2019年)末までに弁済する旨の債務分割弁済契約公正証書が作成された。
 以上の事案について,以下の設問に答えなさい。

 

〔設問〕
1.X社が本件納税告知処分に従って税額を納付することを拒否した場合,税務署長Eは当該税額をAから徴収することができるか否かを,源泉徴収の法律関係を簡潔に説明しつつ論じなさい。
2.Aらは,平成27年にX社が,本件横領により1000万円の損失を被ったとの見解で一致している。この見解の下で,本件更正処分の適法性について論じなさい。ただし,同族会社の行為計算否認規定は考慮しなくてよい。
3.本件納税告知処分の適法性について,結論を異にする見解にも言及しつつ,自説を述べなさい。なお,本件納税告知処分に,手続法上の瑕疵はないものとする。

 

「今回は設問1が所得税法の問題、設問2が法人税法の問題ね。まず設問1だけど、源泉徴収って何かわかる?」

「ゲンセンチョーシュー??!?!?僕はよくラーメン屋でチャーシューのトッピングを...いやすみませんふざけてる場合じゃありませんね」

「はぁ...(´・ω・`)。まあここで躓いちゃうとこの設問が解けないんだけどね...

ひとまず、君の両親のご職業を教えてくれる?」お姉さんが少し冷めた目で質問する。

「父親は建築士で、母親は市役所に勤務しています。」

「ありがとう。君は、お父さんが確定申告がどうとか仰っていたのを聞いたことはある?」

「そうですね...(数秒考えて)あっ、思い出しました!そういえば去年の2月に、税理士の先生と父親が税金について色々話をしているのを耳にしたことがあります。あれが確定申告ですか?」

「そうね。所得税法上、居住者は法定の期限までに自分が納付する所得税の額を申告しないといけない。このことを納税申告という*1の(所法120条1項)。所得税の課税期間は1月1日から12月31日だから、申告期間は翌年の2月16日から3月15日になっているわ。

で、確定申告というのは、この納税申告から申告した所得税の納付までの一連の手続を指す*2。ここまでOK?」「はい。何とか理解できました。」

「よろしい。君のお父さんは事業所得者(所法27条1項)だから毎年確定申告を行わないといけない。じゃあ、君のお母さんはどうかしら?」

「母親は市から給与を支給されているから、給与所得者(所法28条1項)として納税義務を負います。そうすると母親も確定申告をすることになりますが...でも母親が申告手続をしているのを見たことはありません。市が代わりにやってるんですかね?」

「厳密には違うんだけど、給与支払者が代わりに所得税を納付するというのがポイントね!

絶対数でいえば個人事業主よりも従業員の方が圧倒的に多い訳だから、従業員全員に確定申告を要求すると行政庁が申告書の確認作業でパンクしてしまう。税務行政の負担軽減と租税の効率的な徴収を目的として*3、所得の支払者に対して所得税の納付を要求した制度が源泉徴収制度(所法181条以下)なの。

源泉徴収制度の下では、支払者が所得支払の際に予め所得税の額を徴収して、徴収した所得税を国に納めることになる。そのため、本来納税義務を負うべき所得者は別に納税申告をして納付する必要がなくなるというわけ。」

「なるほど。参考になりました。」手続法も重要だよなあ。帰ったら勉強しとこう。

 

「以上を踏まえると、本問でX社が本件納税告知処分(所法183条1項)に従わずBの所得税を納めない場合、国はBに対して直接徴収できるかしら?」

「確実な納付の点からは徴収できそうですが、仮にそれを認めてしまうと源泉徴収制度の趣旨が損なわれると思います。手持ちのスマホで調べたところ、所得支払者から所得税を徴収する根拠規定として所法221条1項があるので、国と支払者との間には源泉徴収についての公法上の権利義務関係が存在するといえます。

これに対して、国と所得者との間には、同項のような規定が無いため何らの権利義務も存在しないといえると思います。そうすると、租税法律主義に立ち返って国は所得税をBから直接徴収できないことになります。」

「いいわね!「源泉徴収の法律関係を簡潔に説明しつつ」という指示にも従っているからこれで十分だと思うわ。次は設問2ね。」

 

「設問2は、本件横領によってX社が1000万円の損失を被ったという見解の下で、本件更正処分の適法性を論じるものね。X社が損失を被った事実は前提としてよいと思うわ。

まず、本件更正処分の具体的な内容を教えてくれるかしら?」

「はい。本件更正処分は税務署長EがX社に対して行った課税処分ですが、これはEがX社に対して行った、平成27事業年度の法人税につき課税所得を1000万円増額させる修正申告の推奨と同じ内容です。」

「そうね。そうすると本問では何が問題になるかしら?」

「そうですね...内国法人の各事業年度の所得の金額は、益金の額から損金の額を引くことで求められます(法法22条1項)。平成27事業年度のX社の課税所得が1000万円増額していると認めるためには、同事業年度の益金の額が1000万円増額していないといけません。そうすると、平成27事業年度における、1000万円の益金計上が認められるかが問題になります。」

「うんうん!で、その1000万円の益金の額の出処は分かる?」

「問題文にはX社が1000万円を取得したことを基礎づける取引が特に記載されていませんが、平成30年2月中にX社の「株主総会」が開催されたという事実が記載されています。そこでは、➀Aが本件横領の事実を認めること及び➁AがX社に対し横領分の弁償を約束したことが確認されました。本件横領は少なくとも民法上の不法行為に該当しますから、X社のAに対する本件横領に基づく1000万円の損害賠償請求権が出処となりそうです。」

「その通り!本件で損害賠償請求権発生の有無に争いが無い以上、益金の計上自体は問題にならないと思うわ(法法22条2項の「その他の取引」)。そうすると、損害賠償請求権の額は平成27事業年度に帰属するか、いわゆる年度帰属の問題になる。

損害賠償請求権の年度帰属は論点の一つとして問題になるんだけど、説明できる?」

「はい。不法行為に基づく損害賠償請求権は損害の発生と同時に発生するので、会計処理上損失(法法22条3項3号)が発生した年度に損害賠償請求権の額を益金の額として計上することになります。

日本美装事件判決【69】は、このような権利確定主義に基づく処理を原則としながら、例外として計上の繰延べを認める判示をしました。但し、損害発生時に請求権の存在内容を把握できず、権利行使を期待できないことが通常人を基準として客観的に明らかであるといえなければなりません。」

この論点については二人で勉強したから覚えているが、ここまで説明できるとは思わなかった。

「ちゃんと重要判例を覚えていて偉い!原則が公正処理基準(法法22条4項)から導かれることや、例外を認める理由を説明できると更に良くなるけど、そこは時間やスペースとの兼ね合いになるわ。最低限、裁判例の原則・例外基準を指摘できればいい。

結論だけど、平成27事業年度への参入を認めても認めなくてもいいと思う。認める場合は、取締役であるBとCが代表取締役Aの業務監督義務を負い、計算書類を本件資金移動の前後で確認することができたことを、認めない場合はAがX社の経営を掌握しておりBやCが関与することが物理的に不可能であったことを重視することになるわ。

他にも、本件横領をAに対する役員給与と捉えて損金算入を否定する(法法34条1項)ことも指摘できるけど、これは深入りしなくてもいいかな。ということで、設問2も終わりね。」

 

「設問3はノーヒントでいきましょうか。二日間の勉強の成果を私に見せてくれる?」

僕を試すような彼女の口調に緊張する。告白を成功させるためにも、ここは失敗することが許されない。

僕は慎重に言葉を紡いでいく。

「はい。設問の「結論を異にする見解にも言及しつつ」という指示ですが、これについては反対の結論を採る見解を随所で挙げ、これに対して反論すればいいと思います*4

EがX社に対して行った本件納税告知処分は、本件資金移動がX社のAに対する賞与に該当し、Aに1000万円の給与所得が生じていることを前提とするものです。そのため、Aが取得した1000万円が給与所得に該当するかは問題となりそうです。またその前提として、そもそも1000万円が所得税法上の所得に該当するかも問題になります。本件資金移動は違法(刑法253条)ですから、違法な手段によって取得した利得と評価されるためです。」

「そうね。所得の年度帰属についてはどうかしら。」

「Aは平成27年度中に1000万円を借金の返済で費消しています。ですから、本件資金移動が違法であっても管理支配基準に基づき平成27年度に帰属しているといえます。言及してはいけない訳ではないですが、他の設問との兼ね合いから省略しても問題は無いと僕は考えました。」お姉さんがなるほど~とうなずく。

「それじゃあ、君が挙げてくれた二点について考えましょう。君は本件納税告知処分は違法と考えてる?」「いえ、結論は適法だと思います。」

「分かった。じゃあまず、違法所得の点について。本件納税告知処分を違法とする立場からは、実体法上違法な利得は所得税法上の所得に該当しないという主張が考えられるけど、反論はある?」

所得税法包括的所得概念を採用していて、利得の適法性を問題にしていません。現実に利得を享受している限り所得税法上の所得に該当するというべきです。」

「そうね。明文の根拠なく所得から除外することは租税法律主義に反することも説明していいかも。

次の給与所得該当性について、弁護士顧問料事件判決【38】等が示した給与所得の意義に照らすとAの利得に取締役としての業務との対価性が認められず、給与所得に該当しないという主張が考えられるわ。これについてはどう?」

役員報酬の中には、必ずしも業務との対価関係が明らかではないものもありますから、対価性を厳格に要求すべきではないと考えます*5。本件ではAがX社の代表取締役という地位を濫用して資金移動を行っており、代表取締役の地位に対応した利得として一般的に対応関係にあるといえます。そのため、対価性は認められます。」

「じゃあ、これはどうかしら。給与所得に該当する場合X社が源泉所得税を納付する義務を負うことになるんだけど、X社は本件横領の被害者だよね?

そのようなX社が納税義務を負うのは酷だと思わない?」

これは難しい。その場で考えないといけない問題か...

「ええっと、源泉徴収の要件に該当する限り、所得支払者のX社が納税義務を負うことは制度趣旨からやむを得ないと思います。また、仮にX社が滞納処分を受けた場合、追加して納付する税額に相当する金額をAに対して求償できます。そのため、X社は手続の履践以外に特段の不利益を被らないといえます。」

 

「・・・・・うん、よくできました!」お姉さんがパチパチと拍手をする。地面が砂であるのも忘れて思わずへたり込んでしまった。

 

 

 

「改めて、この5ヶ月間有難うございました。ここまで税法を勉強することができたのは、偏にお姉さんのご指導があったお陰だと思います。後期からもどうぞよろしくお願い致します。」

僕は改めて、彼女に正面から向き合いお礼を言った。

「こちらこそ、本当にありがとう。君と一緒に勉強できてとても楽しかった。」

ここで深呼吸。

僕はそっと右腕を彼女の方へ突き出す。

「これからは、租税法の先生だけじゃなくて、一人の女性としてお姉さんと親しくなりたいと思っています。

 

僕は貴方が好きです。付き合って下さい。

 

わずか数秒のことにも拘わらず、永遠にも思える時間が過ぎたように感じた。右の掌は手汗に塗れてしまっている。彼女はその場で動かない。

そりゃあ駄目だよなあ...と諦め腕を戻そうとしたその瞬間、彼女は両手で僕の掌をそっと握り、ぐいっと体をこちらに引き寄せてきた。ゼラニウムの香水の匂いに包まれる。

 

「こっ、これは...」「恥ずかしいから、一回だけ言うね。

 

私もあなたが好きです。こちらこそ宜しくお願いします。

 

僕は動かない。いや、動けなくなっている。

澄み切った空にアンタレスの一等星が煌びやかに光り輝いていた。

 

(答案例)

設問1
(1) 源泉徴収制度(所得税法(以下、所法)181条以下)とは、給与や利子等の所得を支払う者が支払時に、一定の所得税を徴収して残額を本来の納税義務者に支払い、徴収した所得税を国に納付する制度をいう。
 同制度の下では、所得支払者が国に対して納税義務を負い、国が支払者に対して所得税を徴収する権利を有する(所法221条1項)。その一方で、本来の納税義務者は国との間で何らの権利義務関係を有さず、国は同人に対して直接所得税を徴収することはできない。
(2) 本件においても、Eは支払者であるX社から所法221条1項に基づいて源泉所得税額を徴収することはできるが、Aから徴収することはできない。
設問2
1 本件更正処分は、X社が法人税法(以下、法法)22条3項2号に基づいて損金の額に算入していた1000万円の外注費が架空のものであることを理由に算入を否定し、同時にAに対する役員給与として法法34条1項に基づき損金算入を否定する。この処理については法人税法の適用上問題は無いといえる。
 そして、本件更正処分は、本件横領に基づく損失と同額の損害賠償請求権を平成27事業年度の益金の額に算入している(法法22条2項)。AがX社に対して損害賠償債務の存在を確認したのは平成30年5月の時点であることから、損害賠償請求権の益金計上時期が問題となる。
2(1) 益金の年度帰属は公正処理基準(法法22条4項)の下で権利確定主義に基づいて判断されるべきであるところ、不法行為に基づく損害賠償請求権はその損害の発生と同時に発生、確定するため発生年度に益金として計上することが原則である(同時両建説)。
(2) もっとも、不法行為に基づく損害賠償請求権にいては直ちに権利行使を期待できないような場合があり得、このような場合は当該事業年度に損失については損金計上するが、例外として損害賠償請求権は益金に計上しない取扱いをすることが許される(異時計上説)。
 ただしこの判断は、税負担の公平や法的安定性の観点からして客観的にされるべきものであるから、通常人を基準として、権利の存在・内容等を把握し得ず、権利行使が期待できないといえるような客観的状況にあったかどうかという観点から判断していくべきである(以上、日本美装事件判決)。
3(1) これを本件についてみるに、本件横領によりX社に1000万円の損失が生じたという見解の下では、同額の損失が法法22条3項3号により平成27事業年度の損金に算入される。
 BとCはX社の取締役であり、代表取締役Aの業務執行を監視する義務を負う(会社法362条2項2号参照)。本件資金移動はAが架空の外注費を計上して1000万円をX社の銀行口座からAの銀行口座に移すものであるから、BとCが権限に基づきX社の口座取引履歴や貸借対照表を確認することにより損害賠償請求権行使のための事実を認識することができるとも思える。
(2) しかし、横領者が法人の経理を担当しておらず、経理担当取締役が別に存在した上記裁判例の事案とは異なり、本件では横領者Aが経理を含むX社の業務全般を掌握していた。そのため、本件横領の隠蔽工作として口座情報を隠匿したり、貸借対照表を改ざんしたりすることは容易と想定される。また、X社のこのような経営実態からすれば、Aに対して直接経理に関する情報を問い合わせることは物理的に困難であったといえる。
 本件資金移動の事実が平成29年中に行われた税務調査によって初めて明るみになっていることからすれば、BとCが平成27年度中に本件資金移動の事実を認識し、Aに対する本件横領に基づく損害賠償請求権の存在を把握することはできなかったといえ、権利行使を期待できない客観的状況にあったと認められる。
(3) したがって、本件ではAに対する損害賠償請求権を平成27事業年度の益金に算入しない取扱いが許される。
4 上記取扱いに基づけば、本件横領に基づく損害賠償請求権の価額1000万円は平成27事業年度の益金の額に算入されない。算入を前提とする本件更正処分は違法である。
設問3
1 所得の適法性について
(1) 本件納税告知処分においてEは、1000万円の本件資金移動をAがX社から与えられた賞与と考えている。そのため、同告知処分は給与所得(所法28条1項)の源泉徴収(所法183条1項)を告知する処分と解される。
(2) 本件納税告知処分を違法とする立場からは、Aによる本件資金移動は違法であり(刑法253条参照)これによるAの1000万円取得は所得に該当しないと主張することが考えられる。
 しかし、源泉の如何を問わず納税者の担税力を増加させる一切の利得を所得とする包括的所得概念の下では、所得税における課税関係は事実としての純資産の増加のみを問題としており、所得の適法性の判断とは無関係である。したがって、違法な所得であっても、現実にそれを支配享受している限り所得税法上の所得に該当する(利息制限法違反利息事件参照)。
 本件においてAは、X社が所有していた1000万円の資金を自己の口座に移転し、自己の金銭として費消している。Aは同金員を支配享受したといえ、所得に該当する。
2 所得分類について
(1) 所法28条1項の「これらの性質を有する給与」とは、雇用契約又はこれに類する原因に基づき使用者の指揮命令に服して提供した労務の対価として使用者から受ける給付をいう(弁護士顧問料事件判決)。もっとも、使用者との間の従属的関係は給与所得該当のための必要要件ではない。
 これを本件についてみるに、AはX社との間で取締役として委任契約を締結しており(会社法330条)、同契約に基づき経営執行という労務を提供している。
(2) 本件納税告知処分を違法とする立場からは、本件資金移動によるAの所得はX社に損失を生じさせるものに過ぎず、労務との対価性が認められないため「これらの性質を有する給与」に該当しないという主張が考えられる。
 しかし、労務との対価性が必ずしも明確でない報酬があり得る以上、役員がその地位に基づいて法人から与えられた経済的利益を広く給与所得と捉えるべきである。本件におけるAの所得は、X社の代表取締役としての地位や権限を濫用して受けたものであるから、「これらの性質を有する給与」に該当するといえる。
(3) また、上記の立場からは、本件横領の被害者であるX社に源泉徴収義務を負わせることは不当であるという主張が考えられる。しかし、税務行政の負担軽減や租税の効率的な徴収を期すという源泉徴収制度の趣旨を考慮すれば、支払者であるX社がこのような負担を負うことはやむを得ない。上記主張は失当である。
(4) 以上より、Aの所得は給与所得に分類される。
3 結論
 本件納税告知処分は適法である。

以上

 

 

ーーー

ブコメの波動を感じる...

もうちっとだけ続くんじゃ(亀仙人)

次回(令和元年第1問)

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*1:正確に言うと、申告納税の租税について、納税者が租税法規の定めるところに従って納税申告書を租税行政庁に提出することをいう。金子・931頁

*2:国税庁はホームページで、確定申告を「毎年1月1日から12月31日までの1年間に生じた全ての所得の金額とそれに対する所得税の額を計算し、申告期限までに確定申告書を提出して、源泉徴収された税金や予定納税で納めた税金などとの過不足を精算する手続」と説明している。

*3:谷口・171頁

*4:詳しくは税法ガール第2話を参照

*5:給与所得の「労務の対価」は、個々の具体的な役務提供行為と対価関係にある給付ではなく、雇用契約等に基づき受給者の地位ないし職務に対応・関連しこれと一般的に対価関係にあり「労務の対価」としての性質を有する給付を意味するものと解されている。谷口・279頁