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【税法ガール】第9話 ブラックアウト(令和元年第2問)

これ書くためだけに修習前に一人で海遊館に行ってきましたが、ジンベエザメやイトマキエイ等をじっくり見ることができるよう、巨大水槽を館内の真ん中に配置したのは上手いなあと思いました(上から目線)

 

前回(令和元年第1問)↓

lawschoolreport.hatenablog.com

 

 

ーーー

電車と地下鉄を乗り継いで50分。さらに最寄駅から歩いて10分。

1時間かけてようやく今日の目的地に到着した。今の時刻は13時15分。集合時間の15分前に到着したが、集合場所のチケット売り場前にはお目当ての人がいない。

今日は11月3日の文化の日。2時間目まで授業を受けた後大急ぎで駅に向かい、車内で軽く昼食を済ませてここに来た。第一印象は大事と他のクラスメートから色々アドバイスを聞き、髪型や服装更には女性が好む香水の匂い等色々気を付けてみたのであるが...

「しかし、今日は人が多いな...」

今日は休日というのもあり、チケット売り場や建物の周りは来場客でごった返している。家族連れも多いが、何より目を引くのは若いカップルの多さだ。手を繋いで売り場に並んだり、もう回り終わったのか入口の前で自撮り棒を使って記念撮影したり。

正直一人でここにいるのは耐えられないが、この後の至福の時間を想像して何とか我慢してスマホを弄るふりをする。

いつもは予定時刻通りに勉強会を始めているので、そろそろ彼女が来てもおかしくないと思うが────

 

 

・・・

・・・

・・・・

(30分後)

来ない。「到着しました」というラインのメッセージにも既読が付いていない。

ひょっとして日時を間違えたんじゃないかと思いスマホを開くも、「11月3日13時50分」の表示。

まあ、男が遅刻するよりはマシだろう...

 

(さらに4時間後)

来ない。

いや、この時間になるまで一人で待つ自分もどうかと思うが。

既に太陽は西に傾き、空も紅から深い藍色に染まろうとしている。

すっぽかされたのは大学時代の友人との旅行以来だが、それでも約束の時間の1時間後にはやってきたので(罰として昼食を奢らせた)、ここまで待たされたのは初めてだ。

それでも諦めきれなかったのは、現実を認めたくないちっぽけなプライドのせいだろうか。

今日はツイてない日だ、と結論付け、僕は水族館に背を向け「おーい!お待たせ!!」

えっ?

 

聞き覚えのある声の方へ向くと、待ち焦がれていた人がそこに立っていた。

「色々あったけど、時間に間に合ってよかった!今日はよろしくね?」

どういうことだ?

 

「確認しますが、今日の集合時間って何時でしたっけ?」

僕は努めて冷静な声で、彼女に確認を取った。

「17時50分だったよね?ホントは13時の予定だったんだけど、彼の説得...じゃなくて、山口教授との面談が入ってしまって、前日に変更になったんだと思う。

今日の朝にスマホが壊れてしまってラインが使えないから、君のアドレスにメール飛ばしたんだけど、もしかして結構待った??」

メールボックスを確認すると、確かに時間変更のメールがそこにあった。今日は祝日でメールの受信を確認していなかったが....そんなことになるなんて。

まあ、今回は僕が全面的に悪いということで、

 

「とんでもない、僕もちょうど来たばかりです!今日はよろしくお願いしますね!」

そういうことになった。

 

 

ーーー

「ここって確か入館が18時まででしたよね。今59分ですけど、入れないんじゃないですか?」

「ふふーん、そう思うでしょ?今日は二人でじっくり観たいから、ちゃーんとお姉さんが色々事前にやってきたの!そこは安心してね?」

そう言って、彼女は僕の左手を取ってチケット売り場ではなくそのまま入口へ向かう。握られた手は温かく、ドキッとしてしまった。

入口へ着くと、

「18時から予約していた─────です。」飲食店の予約を付けてきたかのように、彼女は僕の名字を従業員の方にに伝える。チケットも買っていないのに、そういうつもりだろうか。もしかして裏で脅迫したのではと色々逡巡していると、

「お待ちしておりました。そのままエスカレーターでお進みください。奥のスタッフには既に話を通しております。ごゆっくりどうぞ。」

と笑顔で僕たちを通してくれた。

「ねっ、言ったでしょ?」「...詮索はしないでおきます」

 

展示物の入口でも同様の対応をされ、僕たちは夜の水族館に足を踏み入れた。水槽や明かりはいつもと同様だが、他の来場者の姿が無い。実質貸し切りといってもいい状況だ。

「これで、いつもと同じように勉強会ができるわね!」

アクアゲートと呼ばれるアーチ形の水槽をくぐると、お姉さんがとんでもない爆弾発言をかましてきた。

「えっ、今日は二人で水族館デートじゃないんですか?」口にするのが恥ずかしいが、他にこれといった表現が思いつかない。

「そうだけど、ただ何となくお魚を見て楽しむのも味気ないじゃない?それにこの方が君と沢山おしゃべりできるから。さて、今日は令和元年第2問。張り切っていきましょう!」

こうなったらやるしかない。僕は腹を決めて、スマホから問題文のデータを探すことにした。

 

 個人Xは,平成10年に甲土地を個人Aから対価1000万円で購入した。甲土地は,昭和56年にAが時価である1400万円で購入したもので,平成10年当時の時価は2200万円であった。このXによる甲土地の購入に関する事情は,以下のとおりである。
① 昭和56年に勤務先を定年退職したAは,入手した甲土地を小公園として整備し,付近の子供 たちの遊び場として開放して,子供たちからも「公園のおじいさん」として親しまれていた。
② 平成10年初めに体調を崩し,余命幾ばくもないと診断されたAは,病院に入院するに当たって,甲土地が小公園として維持管理され続けることを願い,Xに甲土地を売り渡した。なぜなら, Xが,これまで暇を見付けては公園の掃除の手伝いをしたり,子供たちの遊び相手になったりし ていたという事情があったからである。
③ XとAは,Xがすぐに払える金額として代金を1000万円と決め,Xは,所有権移転登記の費用を自ら負担して,甲土地の所有権を得た。
 この後,程なくしてAが亡くなり,XはAの遺志を継いで甲土地を小公園として維持し,子供たちの遊び相手をしていた。Xは,近年,高齢のため体力の衰えを強く意識したが,平成28年からは,医師の勧めで多種類のサプリメント(以下「本件サプリメント」という。)を使用したところ,若干体調が戻り,その効果を実感した。
 そんなXも,寄る年波には勝てず平成30年にはそろそろ「公園のおじいさん(二代目)」からの引退を考えていたところ,甲に隣接する乙土地をB株式会社(以下「B社」という。)が購入し,そこに保育所を開設することになったのを知って,甲土地を保育所の庭としてB社に買ってもらいたいと思うようになった。「甲土地が保育所の庭となってそこで子供たちが遊ぶのであれば,子供好きだったAの遺志にも沿う」と考えたからである。また,仮にB社が甲土地を買ってくれるならば,その対価として1000万円もらえば十分だと考えている(甲土地の平成30年における時価は2500万円である。)。これは,Xが,甲土地の売買により自分が得をすることを嫌い,Aから譲ってもらった時に支払ったのと同額で甲土地を売りたいと考えたものである。
 以上の事案について,以下の設問に答えなさい。

〔設問1〕
 平成30年にXがB社に甲土地を対価1000万円で売った場合,そのことは同年分のXの所得税の計算上どのように扱われるかを,根拠条文に触れつつ説明しなさい。なお,租税特別措置法について考える必要はない。
〔設問2〕
 平成30年にB社がXから甲土地を対価1000万円で購入する取引をした場合,そのことは,この取引の日を含む同社の事業年度の法人税の計算上どのように扱われるかを説明しなさい。その説明に当たっては,法人税法第22条第2項が,「有償による資産の譲受け」との文言を含んでいないことに留意し,この取引が同項のどの文言に該当するかを明らかにすること。
〔設問3〕
 所得税の医療費控除について色々と調べたXは,本件サプリメントの購入費用について,同控除の適用を受けるつもりである。その前提としてXは,所得税法第73条第2項及び所得税法施行令第207条第2号に規定されている「医薬品」とは,「医薬品,医療機器等の品質,有効性及び安全性の確保等に関する法律」第2条第1項にいう「医薬品」に該当するものを指すと考えている。
 Xが前提としているこの考え方を,租税法の解釈手法の立場から評価しなさい。なお,本件サプリメントの購入費用が医療費控除の対象となるか否かについて,言及する必要はない。

 

(参照条文)
所得税法施行令
時価による譲渡とみなす低額譲渡の範囲)
第169条 法第59条第1項第2号(贈与等の場合の譲渡所得等の特例)に規定する政令で定める額は,同項に規定する山林又は譲渡所得の基因となる資産の譲渡の時における価額の2分の1に満たない金額とする。
(医療費の範囲)
第207条 法第73条第2項(医療費の範囲)に規定する政令で定める対価は,次に掲げるものの 対価のうち,その病状その他財務省令で定める状況に応じて一般的に支出される水準を著しく超え ない部分の金額とする。
一 (略)
二 治療又は療養に必要な医薬品の購入
三~七 (略)

 

医薬品,医療機器等の品質,有効性及び安全性の確保等に関する法律
(目的)
第1条 この法律は,医薬品,医薬部外品,化粧品,医療機器及び再生医療等製品(以下「医薬品 等」という。)の品質,有効性及び安全性の確保並びにこれらの使用による保健衛生上の危害の発 生及び拡大の防止のために必要な規制を行うとともに,指定薬物の規制に関する措置を講ずるほか, 医療上特にその必要性が高い医薬品,医療機器及び再生医療等製品の研究開発の促進のために必要 な措置を講ずることにより,保健衛生の向上を図ることを目的とする。
(定義)
第2条 この法律で「医薬品」とは,次に掲げる物をいう。
一 (略)
二 人又は動物の疾病の診断,治療又は予防に使用されることが目的とされている物であつて,機 械器具等(機械器具,歯科材料,医療用品,衛生用品並びにプログラム(略)及びこれを記録し た記録媒体をいう。以下同じ。)でないもの(医薬部外品及び再生医療等製品を除く。)
三 (略)
2 (後略)

 

「設問1が所得税法で設問2が法人税法の問題ね。設問3は特殊だけど、これについては後で触れましょうか。

まず設問1だけど、君はまずどこから取り掛かる?」

彼女は木の上で佇んでいるコツメカワウソを写真で撮りながら、僕に問いかけてくる。

「そうですね。まずはXの、甲土地の売却利益が譲渡所得(所法33条1項)に該当することを端的に指摘します。同条2項の非該当性については、軽く触れる程度で充分だと思います。本問でまず問題になるのは、譲渡所得の金額の計算に係る総収入金額がいくらになるのかなので。問題文には甲土地の対価や時価等、金額が多く載ってますしね。」

「目の付け所がいいわね!論点にいきなり言及するよりも、条文を示してどの所得の問題になるか明らかにすることによって、その後の論証との繋がりが分かりやすくなる。

今回XはB社に甲土地を1000万円で売却しているから、1000万円が総収入金額に算入されそうだけど?」

「甲土地の平成30年における時価は2500万円ですから、売却額は時価の4割になります。所法59条1項2号によれば、「著しく低い対価」による譲渡の場合は、時価相当額による資産の譲渡があったとみなされ、時価相当額が総収入金額に算入されます。

さらに所施令169条によると、「著しく低い対価」は資産の譲渡の時における時価、すなわち時価の2分の1に満たない金額とされています。俗にいう「二分の一ルール」ですね。甲土地の売却価格は当然同土地の時価の二分の一に満たないので、「著しく低い対価」として所法59条1項2号が適用されます。

まず最初の解答としては、時価の2500万円がXの譲渡所得の金額の計算上総収入金額に算入されます。」

「総収入金額についてはそれで充分かな。次は控除する経費についていきましょう。

譲渡所得の場合、必要経費とは言わなかったと思うんだけど、何か覚えてる?」

「取得費ですね。所法38条1項で規定されています。同項で資産の取得費は、資産の取得に要した費用とされていますから、本件でもXがAから甲土地を購入する際に支払った1000万円が取得費になりそうですが...」

「続けて?」

「はい。まずAは平成10年に、甲土地をXに対して1000万円で売却していますが、同年当時の時価は2200万円でした。Aはこの土地を昭和56年に時価1400万円で購入しており、Xへの売却対価は「著しく低い対価」でありかつ取得費に満たないことになります。そのため、Aに所法59条2項が適用され不足額400万円をAは取得費とすることができません。

そして、Xは所法59条2項が適用される甲土地をB社に売却しているため、所法60条1項2号によりXはAの取得費1400万円を引き継ぐことになります。そのため、Xは1000万円にプラス400万円を取得費に算入することができます。」

「59条と60条の適用関係を捉えることがこの問題では大切ね。みなし譲渡課税や取得費の引継ぎについての趣旨にも言及できればいいけど、スペースの問題もあるから省略していいと思う*1。」

条文の建付けがかなり複雑だが、それなりに解答できたので良かった。

「まだ取得費に関して問題が一つ残ってるんだけど...何かわかる?」

お姉さんが水槽の中をゆったり泳ぐアザラシを動画で撮影しながら更に訊いてくる。

「まだ何かありましたっけ?」

民法の問題で、登場人物が土地を買うときに何かしないかな?」

「購入と同時に、所有権の移転登記をしますね。

...あっ!問題文の③に、Xは所有権移転登記の費用を自ら負担して甲土地の所有権を得たと記載があります。Xは登記費用を甲土地取得の際に支出していますから、これも問題になりますね。」

「具体的に何円払ったか不明だから分かりにくいけど、これも一応取得費に含まれるか問題になるわ。この論点については有名な判例があるんだけど...」

ゴルフ会員権贈与事件判決【47】ですね!前期で勉強したのでこれは覚えています。

判例では、精算課税説、借入金利子付随費用事件判決【46】及び所法60条1項の本旨を説明した上で、同項が受贈者の保有期間に係る増加益と贈与者の保有期間に係る増加益の合計を超えて所得とすることを予定していないとして、付随費用の額を「資産の取得に要した費用」とすることを認めています。

所有権の確定的な取得に必要な登記費用は付随費用といえますから、本件でも登記費用は所法60条1項の適用にかかわらず取得費の額に含まれます。」

「よくできました!取得費の問題はこんなところね。

後は、所法33条3項に従って譲渡所得の金額を計算することになるけど、特別控除額(同条4項)の指摘や計算の順序、長期譲渡所得(同条3項2号、22条2項2号)の該当性等検討すべき事項は他にもあるわ。一つ一つ丁寧に当てはめていくことが本問では要求されているから、ここは腐らずしっかりやってほしいところ。

Xは平成10年から甲土地を所有していたから平成30年の時点で所得が長期譲渡所得に該当することには問題ないけど、所法60条1項の適用によって所有開始の時点が昭和56年まで遡ることまで指摘できたら、言うことはないわ。」

いい所まできたから一緒に観ましょうか、と彼女が水槽の方へ歩き出していく。僕たちはこの水族館のメインスポットである、太平洋を模した巨大水槽の所まで来ていた。

 

ーーー

「『4階から7階まで貫く、水深9m・水量5400tの巨大水槽は、太平洋の水槽から他の水槽を見通すことができるよう、建物の真ん中に設計されました。』か....」

「見てみて!サメやエイが泳いでる!!!」

入口に置いてあったパンフレットを読んでいると、興奮気味の彼女の声が空間全体にこだましてきた。いつもならマナー違反だが、それを咎める者は誰一人としていない。

「あまり大きい声を出したら魚たちがびっくりしてしまいますよ」

そういう僕も実はむちゃくちゃ興奮している。地元にも水族館はあったが、ここまで大規模かつ豊富な種類の魚が展示されている所には行ったことが無かった。

水槽をゆったりと泳ぐジンベイザメや、細長い尾を垂れ流すマダラトビエイ。一心不乱に泳ぐロウニンアジの大群は、まるで一匹の巨大な魚を構成しているかに見えた。

「やっぱり海はいいわねー。と言っても、夏休みに行ったばかりだけど」

「また行きましょうよ。大阪は難しいですが、神戸まで行けば海浜公園がありますし。何より、これから二人で行けるんですから」

「.....そうね!今度は二人で行きましょう!」

何か歯切れが悪そうだったが、気のせいだろうか。

 

「次は設問2ね。設問2は、B社が甲土地を1000万円で購入した時の法人税法上の処理を訊く問題だわ。まず、この取引の結果に着目してみましょう。」

「はい。購入当時の甲土地の時価は2500万円ですから、B社としては1500万円安く購入できたという意味で1500万円の購入利益を得ています。

支払代金を差し引きすれば、1500万円が益金の額(法法22条2項)に算入されそうですが...あれ?同項には「無償による資産の譲受け」はあっても有償による資産の譲受けがありませんよ?」

「そう!そこが本問のミソなのよ!

租税法律主義の要請から、条文上の要件を満たさないと課税できないし、類推適用は許されない。そこを解釈でどう乗り越えるかが設問2のポイントね。

アプローチを変えて、「無償による資産の譲渡」の場合なぜ課税されるのかを考えましょうか。法人が無償で資産を譲渡した場合、資産の時価相当額が丸々益金の額に算入されるわけなんだけど、これはなぜかしら。」

「確か色々見解がありますよね。僕が授業で習ったのは、無償譲渡を①有償譲渡と②受領対価の相手方に対する贈与に引き直した上で、①によって資産の時価相当額が益金の額に算入されるという説明です。」

「有償取引同視説ね*2。これに対して金子先生は、法法22条2項が正常な対価で取引を行った者との間の負担の公平を維持し、同時に法人間の競争中立性を確保するために無償取引からも収益が生ずることを擬制たとする適正所得算出説を採っているわ*3。今回は、金子先生の説明の方が設問との処理との関係ではふさわしいかな。

この法法22条2項の趣旨からすれば、本問のような「低額譲受け」の場合も負担の公平を維持するために収益を擬制すべきね。ただ、このままいくと無償譲受けと同じ処理になってしまうから、有償による資産の譲受けが同項に規定されていない理由も考えましょう。」

「なかなか難しいですね...金子先生の説明だと、法法22条2項は本来法人が「正常な対価」で取引を行うことを想定しているんですよね。まあ、その「正常な対価」が何かさっぱり分からないんですけど...」

「着眼点はいいと思う!こっちで言っちゃうけど、法人税法企業会計を前提にしていることから、資産の販売譲渡に係る収益の額は資産の時価相当額とすることを法法22条の2第4項は規定している。つまり、「正常な対価」は時価ってこと。

時価で取引される限り、その取引での益金の額と損金の額は同一になる。所得の金額が0になる以上、益金算入の取引に含めないのが規定されていない理由になるわ。

ここまで説明して、ようやく低額譲受けにより時価と代金の差額が益金の額に算入されるという結論になる。で、問題は2項のどの文言にあてはめるかだけど、考えられるのは「無償による資産の譲受け」に含めてしまうか、バスケットカテゴリーである「その他の取引」に入れてしまうか。今説明した内容がきちんと論述できていれば、どちらを採用しても問題ないと思う。」

「設問2も骨が折れますね...」

「低額譲渡の重要判例である南西通商事件判決【52】を想起する人は多いと思うけど、判例の考え方を直接使用できないところも難しい所ね。」

 

その後は二人で色々と見て回り、時にはサメをバックに記念撮影も撮った。自撮り棒が彼女の鞄から出てきたときには驚かされたものだ。

展示物も、残すはクラゲの展示物を残すのみとなった。サークル状の展示スペースには大小様々な種類のクラゲが展示されており、照明が意図的に落とされているのもあって光の届かない深海を感じさせる。

先程の巨大水槽でのはしゃぎっぷりとは一転して、水中を静かに漂うミズクラゲをじっと見つめる彼女の横顔は、研究者としての真摯な顔を見せる反面、物悲しそうな表情にも見えた。

 

その後は二人で出口へ向かい、スタッフにお礼を述べて僕たちは建物の外に出た。

電灯の他に明かりはなく、海面には波一つ立っていない。

「時間も時間だし、ささっと設問3を検討しましょう。といっても、この問題はかなり独特なんだけど...」

「事例問題というより説明問題に近いですね。サプリメントの購入費用が医療費控除の対象になるかは解答範囲外と指定されてますし。」

「Xは、所法73条2項等が規定する「医薬品」を薬事法2条1項の「医薬品」と同義に解しているけど、これはどういった解釈手法か説明できる?」

「・・・・・(沈黙)」

「税法の勉強だとどうしても実定法の解釈に目が行きがちだけど、こういった税法の総論も押さえておかなくちゃね。

まず、本問のように、税法上の概念において税法以外の法分野における概念を借用する場合の概念を借用概念と言うの。対義語は固有概念ね。

で、その借用概念の解釈において、他の法分野におけるのと同様の意味に解釈すべきとする見解が同一説、税法独自の意味に解釈すべきとする見解が独立説。

本問のXの解釈は同一説に基づくことになるわ。注意すべきは、借用概念という独立の見解があるわけじゃなくて、借用概念の解釈手法が問題になること。借用概念を批判する方向に考えてしまうと筋が外れてしまうからそこは注意してね。」

「はい。」

そういえば授業で先生が借用概念についてちらっと言っていた気がするな...

「これらに言及した上で本問の検討に入るけど、手掛かりになるのは借用概念について言及している判例ね。君は何か覚えてる?」

「いや...見当がつきません。」

「例えばサラ金の会社の名前が会社につくような...」

サラ金...消費者金融....あっ、もしかして武富士事件判決【14】ですか!言われてみれば、この判例は「住所」の概念について言及していた気がします。」

武富士事件判決では、当時の相続税法1条の2第1号(現1条の3第2号イ)における「住所」の概念を、民法上の「住所」(22条)と同一に解釈している。その上で、本件の争点であった、贈与時の原告の住所が日本にあったかについて判断しているわ。

また、鈴や金融株式会社事件判決<233>では、所得税法中には利益配当の概念として取引社会における利益配当の観念と異なる観念を採用していると認めるべき規定が無いことから、商法(当時)の前提とする利益配当の観念と同一観念を採用していると判示している。

このように、判例や裁判例では私人間で適用される私法上の概念を借用概念の中に取り入れることについて、概ね肯定的といえるわ。これに対して、本問のように私人間での適用が想定されていない、行政法規の概念をそのまま税法の概念の解釈に取り入れてよいかは疑問のあるところね。

また、委任元の所法73条2項は医療費控除の要件規定で、課税の公平の観点から租税法律主義に基づく厳格な解釈が要求されるといえる。そうすると、租税法律主義によるコントロールを受けていない薬事法の規定を所得税法の解釈に取り入れることには問題が──────」

 

 

『恋人ごっこはその辺にしてもらいたいもんだな』

「「っつ!?」」

背後から聞こえてきた男の声に、お姉さんの説明が遮られてしまう。

 

『全く、今朝俺に『今日必ず彼に本当のことを話してきます』とわざわざ自己申告してくれたもんだから一日泳がせておいたものを...蓋を開けてみればこの有様。その舐めた態度が気に入らないんだよ...」

彼が右手に持ったスマホのライトのお陰で辛うじてその姿は確認できるが、表情までは窺い知ることができない。が、口調やため息からこちらに、いや正確には彼女に憎悪の念を向けていることは明らかだった。

「貴方は一体彼女の誰なんですか!」たまらず僕は男に叫ぶ。

「それはこちらの事情だ。────君がそれを知る必要はない」男は僕の名字を言い、拒絶する。どこかで聞いたようなある声。

 

「タイムアップだ。俺と一緒に来い」僕の存在を無視して、男は彼女に問いかける。男が現れてから彼女は黙りこくったままだった。表情も前髪で隠れてしまっている。

最悪のシナリオが頭に過る。せっかく彼女とここまで来たのに。

まだ自分の気持ちをちゃんと伝えきれていないのに。

「あんな奴の言うことなんて聞く必要ありませんよ、一緒に地下鉄乗って帰りましょうよ。電車の中で議論の続きをしましょうよ...」

そう言って、僕は初めて自分から彼女の左手を取った。その手の冷たさは初冬の寒さのせいなのか、それとも...

僕は彼女の手を握りそのまま駅に向かおうとした。

 

次の瞬間、彼女が僕の手を優しく、しかし明確な拒絶の意思を以て払いのけたのを見た。

 

「えっ.....」

「ごめんなさい」

反論の余地も与えず、彼女は僕の下を離れ、男の方へ向かう。二人の姿はそのまま闇夜に消えていった。

 

驚愕や混乱、悔悟の念が込み上げてきてたまらず頭上を見上げる。けれども、曇天のせいか星は見えなかった。

 

 

ーー

(答案例)

設問1
1(1) Xは、「資産」である甲土地をB社に対価1000万円で「譲渡」している。甲土地は同条2項各号の資産の何れにも該当しないため、同土地の売却による所得は譲渡所得(所得税法(以下、所法)33条1項)に分類される。
(2) 所法59条1項2号は、法人に対する「著しく低い価額の対価」における資産の移転について、当該資産の時価相当額での資産の譲渡を擬制する。そして、所得税法施行令(以下、所施令)169条より、「著しく低い価額の対価」は時価の2分の1未満の金額とされる。
 本件において、Xは平成30年に甲土地を対価1000万円で売却しているが、同年における同土地の時価は2500万円であり対価の額は時価の2分の1である1250万円を下回っている。よって、対価の額は「著しく低い価額の対価」に該当する。
(3) よって、所法59条1項2号より2500万円がXの譲渡所得の金額の計算上(所法33条3項)、総収入金額(所法36条1項)に算入される。
2(1)ア Xが売却した甲土地は、平成10年にAから対価1000万円で購入したものである。同年における甲土地の時価は2200万円であり、対価の額は時価の2分の1を下回っているため、「著しく低い価額の対価」に該当する。
 そして、甲土地はAが昭和56年に当時の時価である1400万円で購入したものであるから、譲渡対価の額がAの取得費(所法33条3項及び38条1項)を下回っている。よって、Aとの関係で所法59条2項が適用される。
イ Xは上記アの経緯で取得した甲土地をB社に譲渡しているため、本件では所法60条1項2号が適用され、Xは昭和56年から甲土地を所有していたものとみなされる。XはAの甲土地取得費1400万円を自己の譲渡所得の金額の計算上総収入金額から控除することになる。
(2)ア Xは、平成10年にAから甲土地を購入した際所有移転登記費用を自ら負担している。この登記費用を資産の取得費に算入できるか。
イ 譲渡所得課税の趣旨である清算課税説から、所法38条の「資産の取得に要した金額」には、当該資産の客観的価格を構成すべき取得代金の他、当該資産を取得するための付随費用の額も含まれる(支払利子付随費用事件判決参照)。
 そして、贈与により贈与者が当該資産を取得するのに要した費用が引き継がれ、課税を繰り延べられた贈与者の資産の保有期間に係る増加益も含めて受贈者に課税されると共に、資産の保有期間も贈与者と受贈者で通算されるという所法60条1項の趣旨を考慮すれば、同項は譲渡所得の金額の計算上受贈者の保有期間に係る増加益に贈与者の保有期間に係る増加益の合計を超えて所得とすることを予定していない。受贈者が負担した付随費用の額は「資産の取得に要した費用」に該当すると解すべきである(ゴルフ会員権贈与事件判決参照)。
ウ 土地の所有権移転登記は、不動産の所有権の確定的取得に必要不可欠である(民法177条参照)。よって、登記費用は資産を取得するための付随費用に該当し、資産の取得費に算入できる。
3 以上から、Xの譲渡所得の金額は、2500万円から1400万円及び所有権移転登記費用並びに特別控除額(所法33条3項及び4項)の40万円を控除した残額となる。
前述の通りXは昭和56年からの甲土地の所有が規制され、B社に対する売却の時点まで5年以上所有していたことになるため、長期譲渡所得(所法33条3項2号)。そのため、総収入金額に算入される金額は上記残額の2分の1となる(所法22条2項2号)。
設問2
(1) B社はXから甲土地を対価1000万円で譲り受けているが、譲受けの時点での甲土地の時価は2500万円だった。そのため、B社の上記取引は資産の低額譲受けと評価される。
(2) 法人税法(以下、法法)が、有償による資産の譲受けを所得が生じる取引に含めていない趣旨は、法人は資産をその時点での適正な価額すなわち時価により譲り受けることが公正処理基準(法法22条4項)に適うためと考えられる。そうだとすると、低額譲受けの場合に取引対価の額のみ益金の額に算入することは、無償譲り受けの場合に当該資産の時価相当額を益金の額に算入する法法22条2項の処理との均衡を欠くのみならず、公正処理基準に反するといえる。
 よって、低額譲受けの場合は、取引対価と時価相当額との差額が益金の額に算入されるとすべきである。なお、文言解釈上一定の対価を負担する低額譲受けを法法22条2項の「無償による資産の譲受け」に該当させることに無理があるため、同項の「その他の取引」に該当させることになる。
(3) 本件でも、B社による甲土地の譲受けは「その他の取引」に該当し、対価と時価との差額1500万円がB社の所得の金額の計算上益金の額に算入される。
設問3
(1) Xは、借用概念である「医薬品」を借用先の法令である医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保に関する法律(以下、薬事法)2条1項における薬事法の定義と同一に解する統一説を前提にしているものと考えられる。
 統一説は、租税法分野とそれ以外の法分野とで概念を統一させることで租税法規の解釈適用に安定性を持たせることができること及び租税法律主義の一内容である課税要件明確主義に資することを根拠とする。
(2) しかし、以下の理由からXのように所法73条2項及び所施令207条2号の「医薬品」を統一説に立脚して解釈することは不当と考える。
 借用概念における借用元の法令は通常民法や商法等私法が想定されている(武富士事件判決参照)のに対し、本件における「医薬品」の借用元の法令は医薬品等の使用による保健衛生上の危害の防止及び拡大の防止のため必要な規制を行う規制立法であり(薬事法1条)、私人間で適用されないこのような法令を私法と同様に考えてよいかは疑問である。
 また、所法73条は医療費控除を規定している。控除の要件は租税法律主義の観点から厳格に解釈すべきところ、租税法律主義の及んでいない薬事法の規定を租税法規の解釈に用いることは、租税法律主義の観点から問題がある。
以上

 

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次回(令和2年第1問)

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*1:59条と60条の適用関係については、増井論文が詳しいので参照のこと

*2:谷口・383頁以下

*3:金子・338頁