DocumentaLy.

ここにテキストを入力

【税法ガール】第11話 ノーネーム①(令和2年第2問)

遂に最終章突入です

急展開急展開アンド急展開ですが、問題の解説は真面目にするのでそこはご安心ください

 

前回

lawschoolreport.hatenablog.com

 

ーーー

今日の講義の終了と同時に、僕は急いで自習室から必要な資料をカバンに詰めて約束の場所へ向かった。時間はこちらが指定したので、相手は必ずいるはず。

事前に相談に乗ってもらったタクヤからは、「もしクロだった時に備えて準備はしておいた方がいい」というアドバイスを貰った。今日まで彼には何度も助けられた。全部終わったら、回らない寿司でもご馳走しようか。

ロースクールの建物と、教授の研究室がある研究棟を繋ぐ渡り廊下を歩き、さらに階段を上って5階。最上階の東端に、問題の場所はあった。

古ぼけた鉄製のドアのプレートには、「山口」と書いてある。マグネットで付けられているホワイトボードには、『在室中 17:00~ オフィスアワー予定』とご丁寧に書かれていた。

 

時間は16時55分。もう冬に入るが、手汗がじわっと滲む。それでも、確かめなければならない。他でもない僕の為に。

1分深呼吸をして、僕はドアをノックする。

「失礼します。ロースクール生の──と申します。」

「入っていいよ」

意を決して、そのまま研究室に入った。

ーーー

「君が訪ねてくるのはこれが二回目か。税法の勉強は進んでいるかい?」

白ボタンがついた黒い

「まあ、ぼちぼちですかね...」

いつも二人で勉強会をしていた部屋とは違い、山口先生の研究室は整理されていて書物も左右一面の本棚にぎっしり詰められている。部屋の隅にはテレビとニンテンドースイッチが置かれたマットが敷かれた空間があった。先生曰く、「リングフィットアドベンチャー用のスペースだよ。日頃運動しないからね」だそう。家ですればいいのに...

論文が山積みにされた机には三面のデスクトップモニターとMacのラップトップが鎮座していた。明らかに値段が張るものだが、先生はそれを無造作に隅っこへおしやった。

 

「こないだのレポート読んだけど、結論はよくまとまっていたね。タクヤ君のものと似ている所はあったけど、今回は受講生間の相談は自由としていたからいいでしょう。

ところで、今日はどういう用件でここに来たのかい?」

「山口先生は、先日行方不明になった非常勤講師の女性について知っていますか?」

僕は、単刀直入に先生に質問した。

 

「彼女か...先日大学を辞めてしまってね。智さんという方から色々聞かれたんだけど、何も分からないから答えようがなかったよ。授業の準備やアシスタントで助けてもらってたから、今は結構困ってるんだ。」

一瞬先生の目が鋭くなった。すぐに元の表情に戻るも、その変化を見逃すことはできない。

「彼女は別に大学を辞めてませんよ。

このN大学に、税法学の非常勤の教員は誰もいないんです。今先生は嘘つきましたよね?」

 

つまりこうだ。

レポートをタクヤと書いた日、家に帰ってから僕は大学のHPで社会科学系の教員を検索した。大学・大学院関係なく検索したが、お姉さんに似た人物は誰もいなかった。

翌日ローの教務係に行き、今自分がTAを受けている件について相談した。流石に事務員なら知っているだろうと思い、水族館デートで撮ったツーショットの写真を見せて(クソ恥ずかしい)、この女性について知らないか確認したのだが...

返ってきたのは、

「そのような女性について、こちらでは把握していません。アルバイトの件も、山口先生から言付かっています」というもの。お姉さんはこの大学の教職員ではないことが判明したのである。

 

この時点で山口先生が何か絡んでいると思ったが、置いておいて次にお姉さんの素性を知ることにした。

夏に会ったサトシさんにお姉さんについて連絡してみたところ、サトシさんが弁護士であることを知った(弁護士といっても、今は国選事件を年に数件するくらいで殆ど仕事をしていないらしい)。

そこで、サトシさんに彼女の捜索をお願いして、紆余曲折あって何とか取り付けた。サトシさんが他の親族の相続事件を受任し、相続人の調査を名目に自分の親族の戸籍謄本を片っ端から請求し、何とか彼女らしき人物の謄本を見つけることができた。

サトシさんから頂いた資料には、その人物が20年前に山口一夫、つまり山口先生を養親として養子に入ったことが記載されていた。そして、その次の欄には、こう書いてある。

 

失踪宣告  【死亡とみなされる日】平成××年4月1日

      【失踪宣告の裁判確定日】平成××年6月23日

      【届出日】平成××年6月23日

      【届出人】山口一夫

 

養子の人物は、行方不明になり既に死んだとされている。そして、届出をしたのは養親の山口先生。明らかに先生が行方不明になった女性、そしてお姉さんに関わっているとしか思えない。

 

僕は、以上の説明を先生に簡略化して伝えた。勿論、タクヤやサトシさんの名前は出していないが。

「戸籍謄本まで出されるとこちらとしては弁解の余地がないな...(笑)

いいでしょう、折角だから少し話をしようじゃないか」

山口先生は苦笑いを浮かべつつ、掛けていた黒縁眼鏡を取り淡々と話し始めた。

 

 

ーーー

君は今までの人生で「あの人のようになりたい」と思ったこと、祈ったことはあるか?

「隣の芝生は青く見える」とよく言われるが、それでも自分より優れた者を尊敬し、時には妬み僻んでしまうのは人間の性だ。

しかし少し考えれば分かるように、自分は自分、人は人。境遇や才能、努力そして与えられる機会まで千差万別。決してその人に成り代わることはできない。死に物狂いで努力し、彼らと同等の地位或いはそれに準じた地位に上り詰めたとしても、そこにあるのは「他人の紛い物」である自分自身に過ぎない。

けれども、もしも他人に成り代わり、その恵まれた能力を自分の物として奪うことができたとしたら、君はどう思うか。

 

君は「魔術」の存在を信じたことはあるか。

個人の願いや願望の具現化、神や精霊の具現化、仮想物質への干渉はては物理法則の捻じ曲げ等、枚挙に暇がない。

今は廃れてしまっているが、日本でも藁人形に釘を打つ丑の刻参り、犬を生き埋めにしてその首を呪いの道具とする犬神の呪法といった魔術が存在した。これは先に挙げた「個人の願いや願望の具現化」の例と言っていいだろう。

....そろそろ本題に入ろうと思う。私の実家は先祖代々こうした魔術を秘匿し、そして後代に継承することを役目としていた。

自分の存在を代償に、他者の存在を分解・吸収する。端的に言ってしまえば「略奪」の魔術だ。親が生涯をかけて魔術の神秘性・仕組みその他諸々を研究し、死の間際に子にその成果を存在ごと吸収させる。老若男女関係なく、その家系に生まれた者には役目を果たすことを強いられていたんだ。

居住の自由?職業選択の自由?そんな近代的で高尚な概念なんて、村社会にある訳ないだろう(笑)

 

物心ついた時から私は、父親から魔術の手解きを受けていた。子供の頃は楽しかったさ。同学年の子供が知らない、知ることができない世界を知ることができたことの優越感でね。

だが、ある日軽はずみな気持ちでこのことを友達にバラしてしまった。色々あってバラした件は不問に付されたんだが、それから「家」というものが嫌になった。懲罰というの名の拷問は我慢できた。でも、人間として当たり前の生活が許されないこと、魔術というしがらみの中で人生を終えることについては我慢できなかった。

 

「結局どうしたんですか。」

「親族諸々皆殺しにした。いや、正確には全員吸収したというべきか。」

「....」

 

バラした件が不問に干されたのも、能力が抜群に優れていたことや子宝に恵まれず私を処分すれば途絶えてしまうからだった。全ての「作業」が終わるまで二時間も掛からなかったよ。魔術を使う度に自我が消えていく感覚は今でも覚えているけどね。

その後、母親の遠い親戚の養子に入り、「ごく普通の子供」として生活していた。N大学に進学し、租税法の権威と呼ばれていた山口先生のゼミに入ったんだ。

ゼミに所属したのは当時そこしか空きが無かったからなんだが、先生と一緒に論文や裁判例を研究して議論することは楽しかった。そして何より、私の出自について追及することなく、一人の学生として接してくれることが嬉しかったんだ。

この恩師に師事して、もっと研究して租税法学に研究したいと心から思っていた。

 

「でも...N大の山口先生は、10年前に確か行方不明になったんじゃ...?」

「ここまでくれば───君も分かるんじゃないか。概ね想像した通りだよ。

N大の修士課程から博士課程に進むためには、当時は指導教員の推薦状が必要だった。例え学科試験や面接で及第点を取ったとしても、推薦状を準備できなければそれだけで進学は認められなかった。

山口先生は、私の研究者としての素質を認めていた。けれども「君が研究者になって本当にやりたいことが見えてこない」と言って進学を認めてくれなかった。その指摘は的を得たんだと思う。自分の中の「一夫」の部分はほとんど残っていなかったんだから。

 

締め切りが近づき、焦りと共に「山口先生の下で勉強したい」という願望は、「先生がいなければこんなことにならなかったのに」という怨念に変わってしまっていた。そして、入学試験を受けた日の夜、私は15年ぶりに魔術を使った。この世界からN大学の山口一夫教授という存在が消滅すると共に、私が「ヤマグチ教授」になった。

 

君の彼女の件についても同様だ。山口教授が後見人となっていた中学生を養子として受入れ、教員としてN大学で働きつつ彼女の世話をしていた。彼女がN大学に進学した後は指導教員として接していたが、学術論文の出来には目を見張るものがあった。私は彼女の成長を喜ぶ一方で、私は彼女を自分の物にしたいと思ったんだよ。

卒業式の日に、私は事実婚を前提にプロポーズをした。彼女は自分をここまで育ててくれたことに感謝しつつも、一人の男として見ることはできないと言った。

それでも彼女を諦めることはできなかった。魔術を使い彼女を消し去ることはできなかった。それでも自分の下に留め置くようにするためには.....

 

「だから、お姉さんの名前を奪ったんですね」

「そうだ。名は体を表すように、人は他人から名付けられることで外部から存在を認識される。名前の無い人間は、物理的に存在しているとしても、外部から決して存在を認識されることは無い。

名前を持っている私だけが彼女を認識することができる。彼女が人間として生きるためには、私の助けを借りざるを得ない。これで当初の目的は達成されたという訳だ。」

「でも、僕が彼女の傍にいた時、他の人も彼女のことを認めていたはずです!喫茶店に行った時も、一緒に水族館でデートした時も...」

「それは、私が彼女に対して一時的に名前を貸していただけに過ぎない。君が彼女のことを覚えているのは、交流したことで彼女の存在が脳に強く記憶されたからだろう。

元は他社との交流の中で、税法の考え方がどのように発展するか実験するために名前を一時的に貸与したのだったが、既に実験データは取り終わった。君の中にある記憶も、やがて風化して消えていくだろう。」

 

何ら感情のこもっていない冷淡な物言いに、僕は絶句する。

「貴方は人間を何だと思っているんですか!山口教授は先生に期待し、お姉さんも育ててくれたことに心から感謝していたはずだ!!

その思いをエゴのために踏みにじる行為を、僕は許すことはできません。」

「君がどう思うかは別にどうでもいいんだ。

重要なのは、この秘密が部外者である君が知ってしまったということだけ。知ってしまったからには君を「処分」しないといけないんだが、これでも君は私の教え子だ。

今回は特別に、君の中にある彼女との記憶を消し去るだけで許してやる。

また、単に記憶を消し去るだけでは面白くない。これから私とディスカッションをして、その出来が良ければ彼女を元に戻してあげよう。

題材は令和2年司法試験の租税法第2問。

 

さあ、課外授業を始めようじゃないか。

 

 

  個人Aは,食品卸売業を目的とする株式会社B(以下「B社」という。)の創業者であるCの子で,同社の使用人であった。平成23年にCが死亡し,遺産分割協議の結果,Aの姉のDがB社株式の大半を相続して経営を引き継ぎ,Aは少数の同社株式を相続した上で,同社の取締役に就任し,事業年度ごとに決められる毎月一定額の役員給与(以下「本件役員給与」という。)の支給を受けることとされた。しかし,Dが経営を独占したため,毎月開催される取締役会に形式的に出席するほかは,B社にはAの行うべき業務はなかった。そこでAは,B社勤務中の経験をいかし,B社の取締役に就任したまま,平成24年中に,冷凍食品の小売販売店を個人で開業することとした。
 この開業以来Aの店で働いていたEは,Eにとって唯一の親族である高齢の父親F(妻(Eの母親)とは死別)と同居してその介護をしていたところ,平成26年中にFの症状が進んでEの手に負えなくなったことから,Fを介護付有料老人ホームに入所させたいと考えるようになったが,Eが適切と考える施設の入居一時金を支払うにはFの全財産である貯金を使っても300万円不足するため,特に貯金のないEは同年半ばに,Aに300万円の借金を申し込んだ。この申込みを受けたAは,これまでのEの誠実な働きぶりを高く評価していたため,「Eさんの働きぶりにはいつも感心しています。これからも長くこの店で働いてくださいね。」と言って,低利・無担保でこの借金の申入れに応じて貸し付けることとした(以下,この貸付金を「本件貸付金」という。)。Eは平成26年及び平成27年にはAに対して約定の元利支払を行ったが,平成27年末にFが亡くなった際の心労などから病気になり,平成28年中に病死した。Aに対するEの債務は元本が200万円残っており,また,Eが病死するまでの期間に相当する平成28年分の利息1万円が未払のままであったが,Fの介護にお金をつぎ込んでいたEには貯金はなく,自動車などのめぼしい財産もなかった。
 Aは,開業以来事業の用に供していた冷凍庫付軽自動車甲を平成28年末に同業のGに譲渡して,その譲渡による利益を,平成29年3月14日に提出した平成28年分の所得税の確定申告書において,所得に含めて申告した。平成29年3月中にGから,甲が契約した性能を満たしていないから契約を解除するとの連絡があったが,Aがこの主張を認めなかったため,AとGの間で民事訴訟(以下「本件訴訟」という。)となり,平成30年6月15日にA敗訴の判決が確定した。同日,Aは代金等をGに払い戻し,甲の引渡しを受けた。本件訴訟係属中の平成29年8月には,開業以来のAの所得についての税務調査が行われ,その結果に基づいて平成25年分から平成28年分のAの事業所得につき,収入の計上漏れなどを理由とする増額更正処分が,平成29年12月に行われた。Aはこの処分について不服申立てを行っていない。
 以上の事案について,以下の設問に答えなさい。

 

〔設問〕
1 本件役員給与の課税関係について,以下の問いに答えなさい。
⑴ B社が本件役員給与を損金に算入し得る場合の根拠規定とその趣旨及び適用関係を,簡潔に説明しなさい。
⑵ 本件役員給与に不相当に高額な部分がある場合,B社の所轄税務署長Hが,法人税法第34条第2項(以下「本件規定」という。)に基づいて本件役員給与の一部の損金算入を否認する処分を行うことは適法か。本件規定の括弧書に「前項……の適用があるものを除く。」と規定されている点を考慮した上で,本件規定の適用関係に触れつつ,簡潔に説明しなさい。
2 本件貸付金に関する課税関係について,以下の問いに答えなさい。
⑴ AがEから受け取った本件貸付金の利息と未収受の利息は,Aの所得税の計算上どのように扱われるか,簡潔に説明しなさい。
⑵ 平成28年にEが病死したという事情は,Aの所得税の計算上どのように扱われるか,説明しなさい。
3 Aを敗訴させた本件訴訟の判決が平成30年6月15日に確定したことにより,Aのいつの年分のどの所得分類に係る所得額がどのように変化するか。また,Aは,その変化をどのような手続によって自分の所得税の計算に反映させることができるか。条文上の根拠を摘示しつつ説明しなさい。

 

 

ーーー

次回

lawschoolreport.hatenablog.com