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【税法ガール】第8話 ホームタウン(令和元年第1問)

来週から司法修習で忙しくなります。

更新(執筆)ペースが二週間に一回になったり一ヶ月に一回になったりならなかったりします。オチは決まっているので令和3年分までは書き切るつもりです。

 

前回(平成30年第2問)

lawschoolreport.hatenablog.com

 

 

ーーー

夏休みが終わり、今週から後期の授業が始まった。

必修の科目の数は前期より僅かに減った位で、今学期も全休の日は無く履修登録のシステム画面にはびっしりと講義の表示で埋め尽くされていた。

税法の講義は後期もあり、前期は入門科目ということで所得税法の一部を学習したが、後期は本格的に取り扱うらしい。また、法人税法も少しやるそうだ。

 

ロー生の日常は前期とそれほど変わらない。朝早くに最上階の自習室に登校し、講義室と自習室を往復し、適宜食事を摂って夜帰宅する。ロースクールを刑務所に準えて『ロー獄』と自虐する学生もいるが、まあその通りだ。同学年の他の友人が汗水垂らして働きお金を稼ぐ一方で、来る日も来る日も六法を捲って基本書と睨めっこをする。大金はたいて新卒カードをドブに捨てても、司法試験に合格できるのは10人中4人だけ。

 

まあ、最近はそんな灰色の生活にも色々楽しみができたんだけど...

 

「今日も授業はこれで終わりか~。俺は一回家帰るけど、お前はどうする?」行政法の講義が終わり、六法と教科書類を鞄にしまおうとすると、後ろの席のタクヤが話しかけてきた。

「この後バイトだから、一回自習室に荷物戻しに行く」

「バイト....?あぁ、あれか。で、上手くいってるのか二人とも!」ニヤニヤしながら僕に訊ねてくる。

「別に。合宿の後お姉さんには会ってないから。」

「そうかい。ま、何かあったら俺に相談してくれ。初めてのデートコースもセッティングしてやるから」「はいはい。」

タクヤは合宿が終わってからいつもあの調子だ。何でも彼は前期の内にバイト先の女子学生に告白し、成功していたらしい。悪気はないのだと思うが、先輩風吹かしているのは何か気に入らない。

「そろそろ行くわ。また明日」「お疲れ。また明日」僕は鞄を以て、講義室の出口に向かった。

 

「失礼します。TAで伺いました。」例の研究室にノックして入る。

タクヤにはああ言ったものの、心臓がバクバク動いていて手汗も滲んでいる。

そもそも恋人同士で何をすればいいんだ??

彼女いない歴=年齢だった自分の頭で考えるには余りに想像力が欠如している。

 

「あっ、いらっしゃい」そんな僕の内心は露知らず、というかのようにお姉さんが僕に声をかけてくれる。ちょうどポットからカップに紅茶を注いでいるところだった。

「今日も宜しくおねが...って何ですかこの量は!?」

しかし僕の視線は彼女ではなく、テーブルに並べられた溢れないばかりのデザートに向けられた。

生クリームに苺の酸味がおいしいショートケーキ、濃厚なチーズケーキにほろ苦いチョコのガトーオペラ。ピンク・黄緑・茶色の三色マカロンはご丁寧にキチンとステージに乗っかっており、更に大皿にはクッキーやマシュマロ、プレンシェルが待ち構えていた。

見ているだけでもうお腹一杯なのだが、これを彼女一人で準備したのだろうか?手伝えばよかったと思い勝手に後悔する。

テーブルの端に僕が突っ立っているのに気付いたのか、彼女がどこか申し訳なさそうに言った。

「ああこれ?...私も君に対して何をしてあげればいいのか分からなくて...何かごめんね?」

可愛い。

 

 

ーー

「そろそろ本題に入りましょうか」

テーブル上のケーキや菓子の量が1/2程になってきた所で、お姉さんが切り出してきた。

ケーキも最初は美味しかったが、今はクリームが重くてちょっと...という感じだ。まあ、頭を使っている内にまた小腹が空いてくるだろう。

「令和元年の第1問ですよね。さっきの行政法の講義で当たらなくて暇だったので、ざっと検討しておきました」

「授業は真面目に受けるように」彼女がジト目を向けてくる。

「ごめんなさい」

 甲は,インテリア雑貨の輸入販売の事業を行う株式会社A(以下「A社」という。)の創業者であり,その代表取締役である。乙は甲の長男である。
 乙は,平成26年3月にB大学商学部を卒業した後,A社に入社し,経理の事務を担当した。乙の給与は月額30万円であった。乙は,A社への入社に際しワンルームマンションを借り,甲とは生計を別にした独立した生活を始めた。乙は,A社での仕事になじめず,平成29年1月に,甲に対して,A社を退社したい旨,打ち明けた。甲は乙に「A社での勤務を続け,いずれは跡を継いでほしい。」と説得したが,乙の決意は固く,乙は平成29年3月31日にA社を退社し,同社の退職金規程に基づく退職金を受領した。
 A社の退職金規程によると,3年間の勤務で受け取る退職金は微々たる金額であった。そのため,A社退社後の乙の生活を心配した甲は,乙の退職に際して,A社が従業員の福利厚生目的で保有していた,著名なリゾート地C町に所在する戸建別荘(以下,別荘の建物を「本件建物」,別荘の土地建物を併せて「本件不動産」という。)を,A社から乙に対して,本件不動産の帳簿価格3000万円で売却し,乙がそれを賃貸して得られる収入によって乙の生活の足しにできるようにしてやろうと考えた。そこで,A社は,取締役会決議を経た上で,平成29年3月31日に,本件不動産の売買契約を乙と締結し,同日,乙は,A社に対して,銀行からの借入金を原資として,売買代金3000万円を支払った。
 本件不動産の時価は,近年のC町の地価高騰の結果,平成29年3月31日時点では4000万円にまで値上がりしていた。
 乙は,平成29年5月1日から,本件不動産を,丙に対し,月額10万円で賃貸したところ,翌30年3月,C町で記録的な暴風雪が発生し,その結果,本件建物の屋根が損傷する被害が生じた。被害発生直前の本件建物の時価・帳簿価格はともに800万円であったが,本件建物の被害割合は5%であり被害額は40万円であった。乙は,本件建物について,損害に備えるための保険契約を締結していなかった。また,本件不動産以外には,土地建物などのみるべき財産を乙は所有していなかった。
 以上の事案について,以下の設問に答えなさい。

 

〔設問〕
1.A社の平成28年4月1日から平成29年3月31日までの事業年度の所得の金額の計算において,乙への本件不動産の売却に関して,益金の額への計上はどのようにすべきかにつき,関連する条文とその趣旨に触れつつ,益金となる金額とその理由を述べなさい。
2.A社の平成28年4月1日から平成29年3月31日までの事業年度の所得の金額の計算において,乙への本件不動産の売却に関して,損金の額への計上はどのようにすべきかにつき,関連する条文とその趣旨に触れつつ,損金となる金額とその理由を述べなさい。
3.乙の平成30年分の所得税に関して,乙の同年分の総所得金額,退職所得金額及び山林所得金額の合計額が330万円であった場合,暴風雪により発生した本件建物の被害について,所得税法上,どのように取り扱われるか,説明しなさい。なお,本件建物の被害に直接関連してなされた支出はない。
4.一般に,事業活動で生じた「損失」についての所得税法上の取扱いと法人税法上の取扱いとの最も特徴的な差異とその理由について,所得税法及び法人税法の関係条文を指摘した上で,簡潔に述べなさい。

 

(参照条文)
所得税法施行令
(災害の範囲)
第9条 法第2条第1項第27号(災害の意義)に規定する政令で定める災害は,冷害,雪害,干害,落雷,噴火その他の自然現象の異変による災害及び鉱害,火薬類の爆発その他の人為による異常な災害並びに害虫,害獣その他の生物による異常な災害とする。
(生活に通常必要でない資産の災害による損失額の計算等)
第178条 法第62条第1項(生活に通常必要でない資産の災害による損失)に規定する政令で定めるものは,次に掲げる資産とする。
一 競走馬(その規模,収益の状況その他の事情に照らし事業と認められるものの用に供されるものを除く。)その他射こう的行為の手段となる動産
二 通常自己及び自己と生計を一にする親族が居住の用に供しない家屋で主として趣味,娯楽又は保養の用に供する目的で所有するものその他主として趣味,娯楽,保養又は鑑賞の目的で所有する資産(前号又は次号に掲げる動産を除く。)
三 生活の用に供する動産で第25条(譲渡所得について非課税とされる生活用動産の範囲)の規定に該当しないもの
2 (後略)
(雑損控除の対象となる雑損失の範囲等)
第206条
(略)
3 法第72条第1項の規定を適用する場合には,同項に規定する資産について受けた損失の金額は,当該損失を生じた時の直前におけるその資産の価額(その資産が法第38条第2項(譲渡所得の金額の計算上控除する取得費)に規定する資産である場合には,当該価額又は当該損失の生じた日にその資産の譲渡があつたものとみなして同項の規定(その資産が昭和27年12月31日以前から引き続き所有していたものである場合には,法第61条第3項(昭和27年12月31日以前に取得した資産の取得費等)の規定)を適用した場合にその資産の取得費とされる金額に相当する金額)を基礎として計算するものとする。

 

法人税法施行令
(特殊関係使用人の範囲)
第72条 法第36条(過大な使用人給与の損金不算入)に規定する政令で定める特殊の関係のある使用人は,次に掲げる者とする。
一 役員の親族
二 役員と事実上婚姻関係と同様の関係にある者
三 前二号に掲げる者以外の者で役員から生計の支援を受けているもの
四 前二号に掲げる者と生計を一にするこれらの者の親族
(過大な使用人給与の額)
第72条の2 法第36条(過大な使用人給与の損金不算入)に規定する政令で定める金額は,内国法人が各事業年度においてその使用人に対して支給した給与の額が,当該使用人の職務の内容,その内国法人の収益及び他の使用人に対する給与の支給の状況,その内国法人と同種の事業を営む法人でその事業規模が類似するものの使用人に対する給与の支給の状況等に照らし,当該使用人の職務に対する対価として相当であると認められる金額(退職給与にあつては,当該使用人のその内国法人の業務に従事した期間,その退職の事情,その内国法人と同種の事業を営む法人でその事業規模が類似するものの使用人に対する退職給与の支給の状況等に照らし,その退職した使用人に対する退職給与として相当であると認められる金額)を超える場合におけるその超える部分の金額とする。

 

「この年の第1問は、設問1と2が法人税法、設問3が所得税法そして設問4が説明問題と変わっているわね。法人税法を中心に出題していることから、所得税法だけじゃなくて法人税法もちゃんと勉強するようにという考査委員からのメッセージが読み取れる。

所得税法の対策だけしていては本番で高得点は望めないというのがこの年以降の傾向と言えるわ。」

「それ以外にも、この問題には参照条文として施行令が多く掲載されています。いずれも委任元の条文が書かれているので条文検索はそれほど難しくなさそうですが、条文解釈で施行令を引用する必要があるのは少し面倒ですね...」

「それじゃあ、設問1から検討しましょう。本件不動産の売却について、何か問題となりそうな点はある?」

これは...最近授業でやった奴だな。

「はい。A社は平成29年3月31日に乙に対して本件不動産を3000万円で売却していますが、売却時点における本件不動産の価額は4000万円です。売却額が時価より低いため、本件不動産の売却は低額譲渡と評価されます。」

「そうね。で、低額譲渡については益金の額の計算(法法22条2項)上どのようにすればよかったかな?」

南西通商事件判決【52】において最高裁は、資産の無償譲渡(同項)において譲渡時の時価相当額を益金に算入する取扱いとの公平から、低額譲渡を資産の有償譲渡とした上で益金の額に算入すべき収益の額に、譲渡対価の額だけではなく譲渡時における適正な価額と当該対価の額の差額も含まれると判断しています。この「譲渡時における適正な価額」ですが、企業会計上は時価で資産を譲渡することが想定されている以上、時価とみていいと思います。

本件では、売却価額の3000万円に加えて、時価との差額1000万円の合計、つまり時価の4000万円が益金の額に算入されることになります。」

「いいわね!設問1は南西通商事件判決を知っていればそれで十分な問題だけど、判旨に沿って法法22条2項の趣旨を説明できるといいわ。

法法22条の2第4項は南西通商事件判決の考え方を明文化したものだから*1同条文を引用してもいいけど、無償譲渡との均衡については触れる必要がある。

いずれにせよ、今の解答で必要十分といえるわ。設問2にいきましょうか。」

 

「設問2は、A社の損金の額の計上を問う問題ね。本件ではいくら計上されるかしら?」

「そうですね...本件不動産の帳簿価格は3000万円ですから、A社が以前に同不動産を3000万円で購入した事実が読み取れます。ですから、この3000万円は譲渡原価として損金の額に算入されると思います。根拠条文は、法法22条3項1号でしょうか。」

「そうね。22条3項だけじゃなくて、何号に該当するかも問われているわ。他に何かない?」

「A社代表取締役であり、乙の親でもある甲は、乙のA社退職を機に本件不動産を売却することを決めています。そうすると、本件不動産の売却は乙に対する退職金の現物支給と法的に評価することができます。

売却額と時価相当額の差額1000万円は、「事業年度の販売費、一般管理費その他の費用」(法法22条3項2号)として損金の額に算入されるんじゃないですか?」

「目の付け所はいいと思う。ただ、退職金も含めた給与の損金算入について何か思いつくことはないかな?」

うーん。これはどこか間違っているのか?腕を組んで考えてみるが、それらしい論点が思いつかない。

「せっかくだから、ここで勉強しましょうか。仮に、ある会社の一事業年度の益金の額が1億円で、原価の額が2000万円だったとします。毎年の販管費の額は1500万円です。」「はい。」

「このままだとその会社の所得の額は6500万円になりますが、何とか所得の額を0にすべく、社長はその年の取締役全員のの報酬の総額を、通常の報酬額にプラス6500万円しました。これによって、所得の額は0円になりました。めでたしめでたし。

以上の事例について君が所轄税務署長だったらどう思う?」

「社長による報酬増額は、明らかに税金逃れですよね...勝手に報酬を増やして損金に算入できるとしたら、それ以外の会社とのバランスを失すると思います。」

「そうね。今のは極端な例だけど、恣意的な報酬額の操作によって法人税の課税を回避される可能性がある。法人税法はこれに対応すべく、34条で役員給与を原則損金不算入としているわ。

でも、本件では乙はA社の役員ではない只の従業員だから、34条を直接適用することはできない。そうするとどうなるかしら?ヒントは参照条文ね。」

施行令を見てみると、それらしい条文を探すことができた。

「法施令72条と72条の2はいずれも、法法36条(過大な使用人給与の損金不算入)についての政令です。使用人には従業員も含まれるので、本件では同条の適用が問題となりそうです。」

「よくできました!法法36条の趣旨は、法法34条による損金不算入の規制を回避するために行う隠れた利益処分を防止することにある*2。だから、34条と36条はセットで覚えておくのがいいわね。

後は、法施令の条文に本件の事実を当てはめればいい。法36条では使用人給与として過大な額のみが損金不算入となるけど、乙の勤務の実態からすると、1000万円全額が損金不算入となるのが相当ね。

そうすると、損金の額は22条3項1号の3000万円となる。これで設問2も終わり!」

何とか設問2まで片づけることができたか....

 

ーーー

「ケーキ、美味しかったです。本当にありがとうございます。」

「うん。こちらこそありがとう。また何か食べたいものがあったら言ってね。」

「・・・・・」

「・・・・・」

会話が続かない。

設問2の検討が終わって、休憩代わりのお茶会に入った途端、研究室(?)は静寂に包まれるようになった。

あれだけ勉強会の時には色々喋ることがあったのに、何をどう切り出していいのか分からない。こういう時はこちらから何か話題を出して、お互いの共通項を見つけていくのがベターと駅前の本屋で買った恋愛指南書に書いてあったっけ...

僕たちは「税法」という共通した趣味で偶然繋がっていたに過ぎないことを痛感させられる。趣味や日常生活、将来についてもっと彼女のことを知りたい。

「あの──────「実は私、今日君とちゃんと勉強会をできるか不安で怖かった」

とりあえず今日の朝ニュースで見た税制改正について振ろうとしたが、彼女の告白に遮られてしまった。

「税法合宿の時、君がちゃんと告白してくれたの嬉しくて...でも、これから君とどのように接していけばいいか分からなかった。勉強会が始まるまでずっと緊張して何も手につかなかったし...

それでも、君がここに来てくれて私に議論をぶつけてきてくれて...いつもと変わらずどこかホッとした気持ちになって...」

彼女が初めて僕に内心を吐露する。そういうことだったのか....

「正直僕も緊張していました。僕が言うのもなんですけど、お姉さんは結構不器用なんですね」

「そうだね。お互い不器用だから、租税法をクッションにしないと気持ちを伝えることができなかった」

「けど、税法がなかったらお姉さんに出逢うこともありませんでした。似た者同士これからゆっくりと、歩くような速さでどう付き合っていけばいいか考えましょうか。」

そう言って、僕は紅茶の最後の一杯を飲み干した。

 

ーー

「気を取り直して、設問3に移りましょう。設問3は、暴風雪に伴う本件建物の被害額の所得税法上の処理ね。これは性質上乙の損失といえそうなんだけど、そもそも損失を必要経費(所法37条1項)に算入することはできた?」

誘導が丁寧で助かる。

「損失は、費用と違い所得稼得のために要したと評価できないため、投下資本の回収部分に課税が及ぶことを避け、担税力に応じた課税を実現するという必要経費控除の趣旨が直接及びません。そのため、必要経費へ算入が原則認められません。」

「ふむふむ。で、所得税法上例外はあるかな?」

「はい。損失により納税者の担税力が減少したと認められる場合は、今説明した趣旨がなお及ぶといえ例外的に算入が認められます。例えば、所法51条1項の資産損失ですね。」

「そうね!本件では乙が被った損失について所法51条以下の規定が適用されるかが問題となるわ。まずは所法51条1項の適用の有無を検討しましょう。

乙は本件建物を含めた本件不動産を賃貸しているため、賃借料は不動産所得(所法26条1項)に該当する。そうすると、本件では何が問題になりそう?」

「本件建物が「不動産所得を生ずべき事業の用に供される固定資産」に該当するか、ですね。より具体的には、乙の賃貸が「事業」といえるのか、それとも単なる業務にあたるのかが問題になります。」

「条文から問題点を抽出するのはいいと思うわ!「事業」と業務の区別について、弁護士顧問料事件【38】の判旨を用いて規範を立ててもいいけど、スペースが厳しかったら事実評価と規範定立を一緒にしてもいいかもしれない。本件だとどうなりそう?」

「月額10万円という本件不動産の賃料は、別荘と土地の賃料にしては安すぎますし、賃料だけで乙が生活できるとはいえません。そうすると、本件不動産の賃貸に企画遂行性が認められず、「事業」性は否定されると思います。」

「結論はそれでOK。本件不動産の賃貸が業務に該当するとなると、次は51条4項の適用が問題になる。4項に該当するかあてはめしてくれる?」

51項は括弧書が多くて読みずらい。慎重に答えていかなければ...

「本件建物が業務の用に供されているかについては省略します。同項の「資産」には第1括弧書で所法62条1項に該当する資産が含まれないとされているため、非該当性を検討する必要があります。所法62条1項の資産については所施令178条1項が具体化していますが、本件建物は同項各号のいずれにもあたらないので、非該当性については問題なさそうです。

次に「損失の金額」ですが、第2括弧書で雑損控除(所法72条1項)に規定するものを除外していますので、雑損控除の適否も検討する必要があります。先に72条1項の適用を検討してもいいですか?」

「どうぞ、続けて。」

「分かりました。72条1項の適用の前提として、「損失」が「災害」によることが必要です。この「災害」ですが、所法2条1項27号及び所施令9条の書きぶりから、暴風雪も「災害」に該当するといえます。

雑損控除の金額の計算方法ですが、「損失の金額」の内、所法72条1項各号に定める金額を超える部分が控除の対象となります。「損失の金額」は所施令206条3項より損失発生直前の資産の時価を基準に算定するところ、本件では時価800万円の5%である、40万円となります。乙は災害に関連して何ら支出を行っていないので、72条1項1号が適用され、同号に定める金額は330万円の十分の一、すなわち33万円となります。

そうすると、40万円ー33万円=7万円が同項より必要経費に算入されることになります。」

「ここまでの検討で雑損控除の適用があることは分かったけど、所法51条4項との関係ではどうなるかしら?」

「40万円が雑損控除の算定の基礎となる以上、全額について51条4項の「損失の金額」から除外されると思います。個人的には少し納得いかないですが...」

「資産損失と雑損控除の重畳的適用を認める見解もある*3けど、出題者としてはそこまで要求していないみたいね。結論としては、所法72条1項によって7万円のみが必要経費に算入されることになるわ。お疲れさまでした!」

パチパチとお姉さんが拍手をする。

 

ーーー

「設問4だけど、これは消費活動を行う自然人と消費活動を行わない法人という点に着目して短く論じればいいと思うわ。これで第1問は終わりだけど、何か質問はある?」

「いや、特にありません。今日もありがとうございました。」

そう言って僕は一礼する。以前は彼女の説明を熱心に聞いてメモを取るだけだったけど、最近は僕が説明してそれにフォローをすることが多くなった。少し成長できたと感じている。

「今後なんだけど、来月の文化の日差し支えない?」

「祝日ですか。午前中は講義があるので、午後でよければ。」

N大ロースクールは祝日でも通常通り講義を行うことが多い。食堂や売店が閉まっているのがネックだ。

「私も午前中は研究会があるから、午後から付き合ってくれる?...その、一緒に...デートに行きたいなって...」

小声でも十分何を言っているのか分かるのだが、敢えて急かしてみる。

「ちょっと最後の方聞こえなかったんで、はっきり言ってもらえますか。」

「その、二人でデートで水族館に行きたいんだけど...」

「もう少し大きな声で...」

 

「もう!ホントは聞こえていた癖に!そんなに意地悪するなら一緒に水族館いってあげないんだから!!」

彼女がぷりぷり怒りながらこっちに某水族館のチケットを差し出してくる。

「いやすみません。ついからかいたくなってしまって...是非行かせていただきます!」

こうして今日も忙しなく過ぎていくのだった。

 

 

ーーー

彼が研究室から出ていった後、部屋の固定電話からプルルルルと音が鳴った。

受話器を取り聞こえてきたのは、優しい、それでも力強い彼の声とは違った、どこか無機質な声。

『恋人ごっこには満足したか?君にはそろそろ選択してもらわないと困る』

「彼のことを侮辱するのは、私が許しません。撤回して下さい。」

『だが君には余り時間が残されてないじゃないか』

「分かっています。来月の3日に彼には私から伝えます」

『まあいい。宜しく頼むよ』

ガチャッと回線が切れる音が鳴った。

約束の日まで、あまり時間は残されていない─────

 

 

(答案例)

設問1
(1) 以下の理由から、A社の所得の金額の計算において、4000万円が益金の額に計上される。
(2) A社の乙に対する、代金3000万円での本件不動産の売却は「有償による資産の譲渡」(法人税法(以下、法法)22条2項)に該当する。そして、「収益の額」である3000万円が平成28年4月1日から平成29年3月31日までの事業年度(以下、「平成28事業年度」とする)の所得の金額の計算上益金の額に計上されそうである。
 しかし、A社が本件不動産を売却した平成29年3月31日当時、本件不動産の時価は4000万円であり同社による売却は資産の低額譲渡に該当する。そして、「無償による資産の譲渡」(法法22条2項)の場合正常な対価で取引を行った者との負担の公平を維持するため、資産の時価相当額が益金の額に計上される処理が行われることとの均衡を、低額譲渡の場合も図る必要がある。したがって、低額譲渡の場合は譲渡時における適正な価額と譲渡対価の額の差額も益金の額に計上されると解すべきである(法法22条の2第4項、南西通商事件判決参照)。
 本件において、X社の平成28事業年度の益金の額には前記3000万円の他に、売却時における適正な価額すなわち4000万円との差額1000万円も計上される。
設問2
1 以下の理由から、A社の所得の金額の計算において、3000万円が損金の額に算入される。
2(1) 本件不動産の帳簿価格は3000万円であるから、同金額が本件不動産売却の譲渡原価(法法22条3項1号)としてA社の平成28事業年度の所得の金額の計算上損金の額に算入される。
(2)ア A社による本件不動産の売却は、乙の同社退職に際して行われたものである。そのため、同不動産の時価と譲渡対価との差額1000万円は、乙の退職給与として「当該事業年度の販売費、一般管理費その他の費用」(法法22条3項2号)に該当し損金の額に計上されるとも思える。
 もっとも、後述の通り本件では法法36条が適用され、上記1000万円は損金の額に計上されない。
イ 法法22条3項の「別段の定め」である法法36条の趣旨は、役員報酬の金額を随時変更して恣意的な課税回避を防止する同法34条の損金算入規制を回避するための隠れた利益処分を防止することにある。
 本件において乙はX社代表取締役甲の子であり、「役員の親族」(法人税法施行令(以下、法施令)72条1号)に該当するため、法法36条の「特殊の関係のある使用人」に該当する。そして、上記の1000万円は経済的利益であり「給与」に該当する(同条括弧書)。
ウ 支給された「給与」が不相当に高額であるか否かは、法施令72条の2に基づき、当該使用人の職務に対する対価としての相当性が認められるかという観点から判断する。
 本件において、乙はX社を平成29年3月31日に退職するまで3年同社に勤務したが、業務内容は経理の事務であり稀有とはいえない。また退職は同社の仕事に馴染めないという自己都合によるものであり、退職金規程の適用上微々たる金額の退職金とは別に経済的利益を乙に与える合理性は特に認められない。そうだとすると、1000万円という比較的高額な乙に対する経済的利益の供与は、乙の職務に対する対価として不相当といえる。よって、1000万円全額が不相当に高額であり、法法36条より損金の額への計上が許されない。
設問3
1(1) 暴風雨により損傷した本件建物は、乙が丙に対し賃貸していた本件不動産の構成部分である。賃貸料は不動産所得(所得税法(以下、所法)26条1項)に該当するため、所法51条1項に基づき暴風雨の被害額40万円を必要経費に算入(所法26条2項及び37条1項)できるか。
(2) 51条1項の客体は「不動産所得・・・を生ずべき事業の用に供される固定資産」である。当該固定資産が「事業」の用に供されているのか、「業務」(所法51条4項)の用に供されているのか問題となる。
 本件不動産の月額賃料は僅か10万円であり、賃料収入のみで乙の生活費を賄うことは著しく困難である。本件不動産の賃貸は事業としての規模を有しておらず、企画遂行性が認められない。よって、本件不動産は「業務」の用に供されているに過ぎない。
(3) 本件不動産は所法51条1項の客体に該当せず、同項は適用されない。
2(1) 次に、所法51条4項が適用され「損失の金額」である40万円の必要経費算入が認められるか。
(2) 前述の通り、本件不動産は「不動産所得・・・を生ずべき業務の用に供され」ているといえる。また、本件建物は賃貸のために使用されている資産であり所得税法施行令178条1項2号に該当せず、同項1号及び3号にも該当しないため所法62条1項に規定する資産に該当しない(所法51条4項第1括弧書)。
(3)ア 所法51条4項は、同法72条1項に規定する損失の金額を「損失の金額」から除外する。そのため、同項の「損失の金額」が問題となる。
イ 本件建物の損傷の原因である記録的な暴風雪は、所施令9条の「その他の自然現象の異変による災害」に該当するため、所法2条1項27号の「災害」に該当する。
 上記暴風雪により本件建物の屋根の損傷という「損失」が生じているところ、所法72条1項の「損失の金額」は所施令206条3項に基づき、本件建物の時価800万円の内被害割合5%を乗じた40万円となる。
ウ したがって、所法51条4項の「損失の金額」は0円となり、同項は適用されない。
3 以上から、乙は所法72条1項の雑損控除のみ受けることになる。乙は暴風雪に際し直接支出をしていないため同項1号が適用され、「損失の金額」40万円と33万円の差額7万円が、乙の平成30年分の総所得金額等の合計額330万円から控除される。
設問4
(1) 所得税法上、事業活動で生じた損失の金額は原則必要経費に算入できず、所法51条以下の規定が適用される限りで例外的に算入が認められる。
 これに対し、法人税法上、損失の金額は発生原因が資本等取引(法法22条4項)に該当しない限り原則として損金の額への参入が認められる(同条3項3号)。
(2) 個人事業者は消費活動も行うため、当該損失が消費活動に起因するか判別が困難な場合があり、恣意的な必要経費算入を防止する必要がある。これに対し、法人は消費活動を行わないためそのような配慮が不要である。

以上

 

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次回(令和元年第2問)

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*1:増井良啓「判批」租税判例百選(第7版、有斐閣、2021年)103頁

*2:谷口・450頁

*3:谷口・340頁以下