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【税法ガールⅡ】第2話 流星のナミダ(平成27年第2問)

お久しぶりです(約5ヶ月ぶりの更新)。

これからもマイペースで執筆していくのでオナシャス!

 

前回

lawschoolreport.hatenablog.com

 

 

ーーー

「...ってのが今日あったんだよね」

「そうなんだ~」ニコニコ

「いやあ、ロー入学前からこんなに税法のこと勉強してる子がいるのは驚いたよ」

「もしかしたら、予備試験にパスして今年司法試験受けるのかもね」ニコニコ

「もしそれなら、尚更凄いよねえ。僕なんて、結局論文で落っこちたんだから」

「そうだね」ニコニコ

「いやあ、4月以降が楽しみだなあ~まあ、新入生と関わる機会なんて、うちのローではあんまりないかもだけど」

「そうだね」ニコニコ

「・・・」

「(ニッコリ)」

「あっ、あの・・・」

「なぁに?」ニコニコ

「どうして、ユカリサンはさっきから顔を引きつって笑っているんでしょうか・・・?」

僕の真向かいの席に座る女性が、テーブルに置かれたホットミルクをぐいっと飲み干し、コトンとコップを静かに置いてゆっくりと話し始めた。

 

「それはね、一カ月ぶりのデートに来たと思ったら、君がさも嬉しそうに私以外の女性のことを喋り始めたから、私が知らない所で何か楽しそうなことがあったのかなーって。」

ハッと気づき周りを見渡さすと、他のお客さんや店員さんの僕に対する、「あーあっ。やっちまった。」という冷めた視線が四方八方から突き刺さる。こうかはばつぐんだ!

 

僕は額と両手をテーブルに付け、

「マジすんませんでした」

そのままホットミルクのお代わりとブルーベリーチーズケーキを追加注文した。

 

 

 

「チーズケーキには、甘酸っぱいブルーベリーが合うのよねえ」

「仰る通りです」

ケーキを口いっぱいに頬張った彼女の感想に対して、僕はただ頷いて同意する。

僕たちは今十三駅近くの喫茶店にいる。時刻は既に夜の7時を回っていたが、仕事帰りのサラリーマンや、ノートパソコンでカタカタ作業をしている大学生でごった返しており、店員さんがバタバタ走り回っていた。

「まあ、君が非モテでデートのお作法を知らないのは私も十分分かってるから、いいんだけど」

「ハイ」

ただただ頷くばかりだった。

 

僕の真向かいのソファに腰掛けている女性は縁(ユカリ)さんといい、現在はN大学の大学院法学研究科で専任講師をしている。4月からは学部とロースクールで税法入門と所得税法の講義を担当するらしく、論文執筆の傍ら講義の開講準備に追われているそうだ。

彼女とは去年の春にひょんなことから知り合い、色々あって現在は恋人の関係にある。

少し余裕ができたと彼女が言うので、今日は一か月振りにお茶でも飲んでゆっくりしようと誘ってみたのであるが...

 

「それで、今日はその、アオイさんと一緒に平成27年の第1問を勉強したってことよね。」

「はい、その通りでございます」

「はぁ...もう分かったから。

じゃあ、早速だから同じ年の第2問を今日やってしまいましょう」

「えっ、許してくれるの?」こちらとしては有り難いが。

「カフェ代は君が奢ってね。この年は第1問より、第2問の方が検討しがいがあるから。

 

それに...君と一緒に勉強する時間が減るのは...彼女として我慢できないから(ゴニョゴニョ)」

 

 

彼女が顔を赤らめて嫉妬する姿を見て僕は、

ユカリさんが一番かわいいよ(分かりました、今から準備しますね)」

と本音をぶちまけた。

僕達に対する、周りのお客さんや手が空いた店員さんの視線は、ホッとするものと「アツアツだねぇ」とニヤニヤするもののどっちかだった。

カップルここに極まれり。

 

 Aは,コンピュータのソフトウェアの開発を目的とするX株式会社(以下「X社」という。)に勤務した後,独立してY株式会社(以下「Y社」という。)を設立し,その代表取締役に就任し,毎月定額の報酬を受けていた。
 Y社は,主にX社の下請会社として,同社が受注したソフトウェアの開発に関連する作業について委託を受け,報酬を受け取っていた。Y社は,Bらを雇用し,毎月給料を支払っていた。Y社にはC法律事務所の弁護士Cという顧問弁護士がおり,Y社は,Cから法律的な助言を定期的に受けていた。具体的には,元請であるX社との契約条件の内容や契約書の内容さらには資金調達の方法やY社の従業員の雇用問題などについて,AがCの事務所を訪問するなどして相談していた。なお,顧問契約により,Y社は,Cに対して毎月定額の顧問料を支払うことになっていた。
 X社(事業年度は暦年としていた。)は,平成26年10月1日,甲株式会社(以下「甲社」という。)の業務について,ソフトウェアの開発を3000万円で請け負い,同日,これに着手した。完成したソフトウェアの引渡しは平成28年2月を予定しており,報酬の支払は同年3月15日とされた。
 X社は,開発に関連する業務のうち,甲社の業務の現状把握及びその改善並びにソフトウェアに対する甲社の要望を確定する作業をY社に委託し,Y社はこれを受託した。X社が甲社に提示した開発スケジュールでは,Y社が担当する作業は,開発着手後1か月をめどに終了させることになっていた。Y社の作業が終了しなければ,その後のソフトウェアの仕様の確定やソフトウェアの基本設計さらには開発作業やテスト作業を行うことはできない。Y社の作業が遅延すれば,開発全体が遅延することになるため,Y社は,X社からスケジュールどおりに作業を終了させるように厳命を受けていた。Aは,上記の作業をスケジュールどおりに終了させるためには,A及びY社の従業員Bらだけでは人手が足りないと判断し,Dに対して作業の一部を委託することにした。DはAとともにX社に勤務していたが,その後独立し事務所を賃借して,「ワークスD」という名称でX社を始めとする大手の開発業者の下請や孫請として業務委託を受けて収入を得ていた。Y社とDとの間には「業務委託契約書」(特に「兼業禁止」の条項はない。)が作成され,そこでは,Y社の作業が終了した時点で「業務委託契約書」に定める金額を,Dに対して支払うことになっていた。
 Y社が委託を受けた作業の進行スケジュールはAが定め,その進捗状況も厳しく管理し,BらやDの作業が遅れると厳しく指導するなどしていた。
 A,Bら及びDは,Y社が委託を受けた作業を行うために,X社の従業員とともに,何度も甲社の事務所を訪れ,甲社の代表取締役,担当部長,エンドユーザーとなる甲社の従業員などから意見を集め,甲社内の意見の調整にも奮闘した。甲社の意見聴取に際して,BらはY社所有のノートパソコンを利用していたが,Dは自分のタブレットパソコンを利用していた。
 また,A,Bら及びDは,Y社内の会議室で連日打合せを行い,共同して甲社に対する説明資料などを作成したり,甲社がソフトウェアに対して要求する仕様の内容を取りまとめる書面を作成したりするなどの作業を行った。その際は,BらもDもY社のデスクトップパソコンを利用していた。Dは,Y社までは自分の自動車で移動していたが,Y社から甲社まではY社の自動車に同乗して移動していた。
 Aの進行管理が良かったため,Y社は,X社の定めたスケジュールどおりに作業を終了することができた。
 以上の事案について,以下の設問に答えなさい。

 

〔設問1〕
Y社は,A,Bら及びCに対して毎月金員を支払う際に,所得税源泉徴収する必要があるか。源泉徴収制度について概要を述べた上で,それぞれについてY社との間の法律関係に留意しつつ検討しなさい。
〔設問2〕
Y社は,Dに対して金員を支払う際に,給与所得に係る所得税源泉徴収する必要があるか。Y社との間の法律関係に留意しつつ検討しなさい。
〔設問3〕
甲社から請け負ったソフトウェアの開発に係るX社の収益について,その帰属事業年度を判断する場合において,判断基準としてどのような考え方があるか。その内容について,条文上の根拠を摘示しつつ説明しなさい。

 

(参照条文)法人税法施行令
(工事の請負)
第129条 法第64条第1項(工事の請負に係る収益及び費用の帰属事業年度)に規定する政令で定める大規模な工事は,その請負の対価の額(その支払が外国通貨で行われるべきこととされている工事(製造及びソフトウエアの開発を含む。以下この目において同じ。)については,その工事に係る契約の時における外国為替の売買相場による円換算額とする。)が10億円以上の工事とする。
2~11 (略)

 

 

「早速設問1の検討から入りましょうか。設問1では何を解答することが問われているかしら?」

①Y社がA、Bら及びCらに支払う金員について源泉徴収をする必要があることと、源泉徴収制度の概要ですね。設問の書きぶりからすると、②を先に記載した後に①を解答した方がよさそうです。」

「②と①は別の小問と考えていいから、項目立ては別々にした方が採点者も読みやすいと思うわ。

まず②だけど、国税庁の説明*1によれば、

①給与や利子、配当、税理士報酬などの所得を支払う者が、

②その所得を支払う際に所定の方法により所得税額を計算し、

③支払金額からその所得税額を差し引いて国に納付するというも

源泉徴収制度の意義とされている。

このようなニュアンスのことを書ければいいんだけど、単に「租税を徴収する制度」とか、「所得者の代わりに納税する制度」、「給与所得者に関する制度」みたいな抽象的な表現は制度の不十分な理解を指摘されかねないので注意すること。

後、今回は源泉徴収制度の説明を訊かれているから、原則の申告納税制度については説明しなくてもいいわね。余力があったら源泉徴収制度のメリットなんかを書いてもいいけど、そこは他の問題との兼ね合いになるわ。」

源泉徴収制度についてはこれを読んでみると面白いかも、と彼女は僕に報告書のコピー*2を差し出してきた。いつの間に準備してきたのだろうか...

 

「ここからが本題だけど、本件でY社は源泉徴収をする必要がある?」

「そうですね...

まずBらですが、BらはY社の従業員として同社と雇用契約を締結し、毎月給料を貰っています。この給料について特段の事情は見当たりませんから、給料は給与所得(所得税法28条1項)に該当します。なので、Y社は所得税法183条1項に基づいてBらの所得税を徴収する必要があります。

次にAですが、AはY社の代表取締役に就任しています。法的性質としては準委任契約になるのでしょうか...」

「委任の内容が経営業務だから、準委任でいいと思うわ。」

「分かりました。所得税法28条1項の「給与等」には、雇用契約に類する原因に基づき、使用者の指揮命令に服して提供した労務の対価として使用者から受ける給付も含まれます(弁護士顧問料事件判決【38】)。

AはY社の代表取締役なので同社内の特定の人の指揮命令に服することはありませんが、社内での取締役会への出席や、他の事業者との会合に出席することが求められます。そういった意味では、Y社はAの代表取締役としての行動を規律しているといえるので、AはY社の指揮命令に服して労務を提供しているといえます。

ですので、Aの取締役報酬は給与所得に該当し、Y社は源泉徴収を行う必要があります。」

なかなか説明が苦しいなあ...

 

「考え方はそれで合ってるんだけど、規範が給与所得の上位規範のままだとあてはめがどうしても苦しくなるわね。

弁護士顧問料事件の最高裁判決は、他に事業所得と給与所得の区別について何か言っていなかった?」

期末試験前に何度も頭に叩き込んだ判旨を思い返してみる。

「確か...空間的時間的拘束とか...継続的かつ断続的な役務の提供とかあったような。」

「そう!

弁護士顧問料事件は、給与所得と事業所得の区別については今君が言ってくれたような下位規範を立てているのね。この規範を事実に当てはめた方がやりやすいと思う!」

 

給与所得については、とりわけ、給与支給者との関係において何らかの空間的、時間的な拘束を受け、継続的ないし断続的に労務又は役務の提供があり、その対価として支給されるものであるかどうかが重視されなければならない。

 

「確かに、こっちの規範の方があてはめしやすいです。」

「事業所得と給与所得の区別の問題が出た時には、この規範も書くといいわね。

じゃあ、Cの場合はどうなるかしら?」

「本件でCは、Y社との間で顧問契約を締結しています。顧問契約は、確か会社が弁護士に対して一定の顧問料を支払い、これに対して弁護士が顧問料の金額に応じて法律相談等のサービスを提供するものです。Cは事務所を訪問したAの相談を受けているのでAが社内にCを呼びつけている事実はありませんし、Cは他の業務が無い時間帯にAからの相談を受けているはずです。そうすると、CはY社との関係では時間的及び場所的な拘束を受けていません。

後、顧問料はAからの相談が無かったとしてもY社から支払われるものですので、相談との対価性があるとはいえません。そうすると、事業所得に該当することになります。

ですが、実際には所得税法204条1項2号が適用されるので、いずれにせよY社は源泉徴収をする必要があります。

「よくできました!適用条文が変わるだけで結論はAやBらと変わらないんだけど、検討の過程に配点が振ってあることが司法試験では多いから、条文だけ指摘して終わり、というのは勿体ないわ。

じゃ、設問2にいきましょう。」

 

 

「設問2では、DはY社と業務委託契約を締結しています。これだけでは事業所得か給与所得か判断できませんから事実をもっと拾う必要がありますが、どこから手を付ければいいのか分かりません...」

「設問2のような、事実を沢山拾って適切に評価させる問題は、次のような段取りで検討すればいいと思う。

 

①ある結論に有利な事実・不利な事実を可能な限り挙げる

②列挙した事実が多い方を自身の見解とする

③自身の見解に有利な事実を記載し、評価を加える

④自身の見解に不利な事実を記載し、これに反論(結論に影響を加えないこと)

⑤最後に自身の結論を書く

 

とにかく司法試験はいかに事実を拾って評価するかが重要だから、まずは沢山事実をピックアップすること。後は事実が多い方、要するに「勝ち馬」に乗って論証していけばいい。90分で4枚答案を書くことを優先すべきね。」

 

「そうですね...

問題文を読んで重要だと思った事実は、

 

〇給与所得該当性に働く事実

開発の進行スケジュールはAが決定

Aは開発の進捗状況を厳しく管理(遅れたら厳しく指導)

AやBらと共に甲社を訪問、Aらと一緒に意見聴取

Y社内で説明資料等を、同社のPC用いて作成

Y社内で連日の打合せを実施

 

〇給与所得非該当に働く事実

契約書に兼業禁止条項がない

Y社までは自車通勤

甲社では自前のタブレット使用

 

...こんな感じですね。給与所得該当性に使える事実が多く集まったので、結論は給与所得該当にしたいと思います。」

「いい感じだね!今挙げてくれた有利な事実は、そのまま設問1で書いた規範にあてはめていけばいいんだけど、問題は不利な事実だね。

兼業禁止条項がないことは、Dがスケジュール期間中に他の仕事をしてもお咎めなしということで、Y社の拘束が及ばないことを意味するんじゃないかな?」

「有利な事実でもあるように、スケジュールの管理はAによって厳格にされてますから、スケジュール上のタスクを放り出してDが別の受託された業務を行うことは事実上できないはずです。Y社の時間的な拘束は及んでいると思います。」

「いい感じだね!後の二つの事実については?」

「通勤時間は実質的な勤務時間ではありませんし、タブレットの使用もY社外での業務の便宜上許されているだけで、Y社の時間的場所的拘束を否定する重要な要素とは評価できません。」

「こんな感じで書いていけば、短い時間で説得的な論証になると思う!」

不利な事実にも反論する姿勢が大事なのか。

 

「最後に設問3にいきましょう。

設問3は、法人の収益の年度帰属の問題だけど、まず原則はどうだったかな?」

「法人の場合も、自然人と同様権利確定基準が原則です。根拠は、法人税法22条の2第1項ですね。」

法人税法改正で年度帰属に関する条文が新設されたから、22条の2を適示すればいいわね。本件だと「工事完成基準」と呼べばいいのかな。

で、この「工事完成基準」だけど、何か問題点はない?」

難しいな...

「ソフトウェアの開発の場合、開発が進むにつれて製品の経済的価値ができてきますから、収益の額は開発の進行度合いに従って計上されるべきだと思います。

ですが、工事完成基準の場合は、ソフトウェアが完成して引き渡した時点でソフトウェア全体の収益の額を計上することになりますから、実情にそぐわないことになる。

これが問題点ですか?」

「よくできました!

そこで、「特段の定め」として登場するのが法人税法64条1項なの。同項は、工事の進行度合いに応じて収益と費用を認識する工事進行基準を採用して収益を計上することを認めている。

工事完成基準と工事進行基準の関係、両基準に基づく収益の年度帰属をそれぞれ説明できれば設問3は及第点だと思う。」

 

 

ーーー

「ありがとうございましたー!」とレジカウンターの店員さんの声を背に、僕達は遅い夕食を済ませて店を出た。

茶店を出た(全部自腹で払った)のが夜の9時前で、それから彼女が「頭使ったらお腹空いてきちゃった」と言うので近くの鉄板居酒屋に入ってご飯を食べた。

現在、夜の11時過ぎ。終電は0時過ぎてからなので、今からでも余裕で豊中に帰ることができる。

 

「じゃ、そろそろ僕たちも帰りましょうか」

そう言って彼女の手を取ろうとしたが、逆に僕の右手をぐわっと掴み、そのまま前を向いてすたすた早歩きしてきた。

「えっ?」

そっちは改札とは逆方向だよ、と突っ込む暇もなく、彼女(と僕)は新北野の交差点を渡り、普段僕がよく利用する淀川図書館の方向まで無言で歩いていく。

あれ?確か図書館のある通りって....

 

 

数分後、彼女と僕は、所々煤で燻っている外壁と、虹色に放つ外灯とイルミネーションが何ともいえない雰囲気を周囲に与えている建物に到着した。看板には「ご休憩 平日:5500円~ 土日祝:6050円~ サービスタイム有」とご丁寧に料金設定が。

 

 

「あっ、あの、これラブh」

「もう今日は遅いし、今日はここで休憩しましょ!!」

茶店にいた時と同じ位、いやそれ以上に彼女は赤面して、僕の手を握った手を上下にブンブン振り回して提案する。

「・・・・・」

「・・・・・」

沈黙。

「それとも....」

「!?」

「また私に、同じこと言わせる気?///」

 

頭の中で何かが切れた気がした。もうどうにでもなれ。

僕は彼女の右手を繋いで、そのまま夜も眠らない牙城に進軍を開始したのだった。

 

 

翌朝揃って講義(教授会)に遅刻してこっぴどく叱られたのだが、それはまた別のお話である。

 

(解答例)

設問1
1 源泉徴収制度の概要
 源泉徴収制度とは、給与や利子等一定の所得を支払う者が、支払の際に当該所得から租税を差し引いて国に納付する制度をいう(所得税法(以下「所法」と略する)181条以下)。租税の徴収及び納付義務を支払者に負担させることで、迅速かつ確実な租税の徴収を確保すると共に、徴収手続の簡素化を実現することに意義がある。
2 Y社による源泉徴収の必要性
(1) BらはY社の従業員として同社との間で雇用契約民法623条)を締結しており、同社から毎月支払われる給与は所法28条1項の「給与等」に該当する。
 よって、Y社はBらに対して金員を支払う際に、所法183条1項に基づき所得税源泉徴収する必要がある。
(2) 次に、Y社はAに対して金員すなわち経営業務を内容とする準委任契約(民法656条)に基づく取締役報酬を支払う際に、所得税源泉徴収する必要はあるか。

 上記報酬は給与所得ではなく事業所得(所法27条1項)に該当する可能性があるところ、事業所得とは、自己の計算と危険において独立して営まれ、営利性及び有償性を有し、反復継続して遂行する意思と社会的地位とが客観的に認められる業務から生ずる所得をいう(弁護士顧問料事件参照)。そして、給与所得と事業所得との区別は、支給者との関係において何らかの空間的及び時間的な拘束を受け、継続的ないし断続的に労務又は役務の提供があり、その対価として支給されるものであるかにより判断されるべきである。

 Aの上記業務は、決められた時間にY社において取締役会への出席や同社代表者として他の事業者との会合に出席する等の業務を行うことが想定されており、Y社との関係で一定の空間的及び時間的な拘束を受けている。そして、Aが受け取る取締役報酬は、かかる業務遂行の対価といえる。そのため、Aの報酬は事業所得に該当せず、所法28条1項の「給与等」として給与所得に該当する。
 よって、Y社は、Aに対して金員を支払う際に所得税源泉徴収する必要がある。
(3) では、弁護士Cに対して顧問料を支払う際所得税源泉徴収する必要はあるか。Aと同様の基準により検討する。

 Cは自らY社に来社せず、法律事務所を訪問したAから法律相談を受けており顧問先対応のために空間的拘束をY社から受けていない。またCが受け取る顧問料は顧問契約が継続する限り発生するものであり、法律相談の対価とはいえない。そのため、顧問料は給与所得ではなく事業所得に該当する。
 そして、顧問料が事業所得に該当する以上、Y社は所法183条1項ではなく同法204条1項2号に基づき、所得税源泉徴収する必要がある。
設問2
1 Y社が業務委託契約に基づいてDに対して支払う金員は、給与所得に該当するか。前述した給与所得と事業所得の区別の基準に従って検討する。
2(1) Y社とDとの間に締結されている業務委託契約雇用契約と法的性質を異にするが、前述の通り雇用契約であることは給与所得該当性の必須の要件ではない。
 同契約においては、DはY社代表取締役のAによってソフトウェア開発のためのスケジュールを決められ、進捗状況が厳しく管理される等同社の時間的拘束を受けていた。そして、スケジュール期間は、DはAの指示によってBらのY社従業員と共に、ソフトウェア開発の注文主である甲社を訪問し社内の意見聴取及び調整を行ったり、Y社内で説明資料及び仕様の内容を取りまとめる書面を作成したりしていた。このように、DはAの指示の下で、実質的にはY社の従業員と同じ立場でソフトウェア開発に必要な業務を行っていたのであり、場所的拘束も受けて継続的に労務を提供していたといえる。
 そして、前記の業務委託契約によれば、Dに対する金員はY社の作業が終了して初めてDに支払われるものであった以上、上記労務との対価性も認められる。
(2) 確かに上記業務委託契約には兼業禁止条項がなく、スケジュール期間中もDは「ワークスD」として他の事業者から業務委託を受けることは可能であった。しかし、前述の通りソフトウェア開発のスケジュールはAによって厳格に管理されておりDの作業が遅れるとAが厳しく指導することもあるため、DがY社への労務提供を放棄して他の業務を行うことは実質的に困難であった。
 またDは、甲社での作業の際Y社のパソコンではなく自前のタブレットを利用しており、作業方法についてY社の拘束を受けていない。しかし、甲社にはAも同行しておりDはAらと共に意見聴取等を行っていたのであるから、甲社においてもY社の代表者であるAの拘束を受けていたといえる。
 よって、かかる事情は給与所得該当性の判断に影響を及ぼさない。
3 以上より、Dに対して支払われる金員は、DがY社の指揮命令に服して提供した労務の対価といえ、給与所得に該当する。そして、Y社はこの所得に係る所得税源泉徴収する必要がある。
設問3
(1) 役務の提供に係る収益の額は、原則として、役務の提供の日の属する事業年度の所得の金額の計算上、益金の額に算入することになる(工事完成基準、法人税法22条の2第1項)。同基準によれば、完成したソフトウェアが甲社に引き渡されるのが平成28年2月になるため、X社の収益は引渡しの日の属する事業年度に帰属する。
 しかし、上記の考え方は、工事が進行するに従いXの利益も発生するという実態に必ずしも即していない。
(2) そこで、法人税法22条の2の「別段の定め」として、同法64条は、工事の請負に係る収益及び費用の額について政令で定める工事進行基準によって経理したときは、収益の額を同基準に従い益金の額に算入する取扱いを認めている。本件においては、同法64条2項を適用することによって、X社の収益は工事の信仰の度合いにより各事業年度に帰属する。
以上

 

ーーー

次回(平成26年第1問)→年末年始かも