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【税法ガール】最終話 白日(令和3年第2問)

大変遅れましたが、最終回です。

異能バトルやガンダム要素は無いので安心してお読み下さい。

これまで読んで頂き、誠にありがとうございました。

 

前回

lawschoolreport.hatenablog.com

 

ーーー

12月23日。つい最近までクリスマスの前祝日として祝われていたこの日はいつしか何でもない平日になり、社会人も学生も水面下で思惑をあれこれ巡らせる一日となっている。

聖なるイベントとは無縁のN大学ロースクールでは現在、本来明日開講される会社法の補講が行われていた。というのも、明日から正月3が日まで冬休みでローが閉まるためだ。当然、自習しようと思っても研究棟に入ることはできない。僕は明日から大人しく実家に帰ろうと思っている。

「そうそう、剰余金の配当が適法かどうかは、まず分配可能額の範囲内かどうか確認するんだったね・・・条文は?」

会社法461条2項です」

N大ローの商法の教授は、ソクラテスの誘導が上手く、解説も分かりやすくて評判だ。

今日はもう順番が回ってこないので、後は事前に準備してきた予習の答えと照らし合わせながら、ノートを取っていく。

キーンコーンカーンコーン、とチャイムが鳴ったのは20分後だった。

 

「今日はこれで終わりですね。

3番、15番、31番の人は協力して今日の単元の復習レジュメを作って、年明けにメールで提出して下さい。

皆さん復習は程々に年末はゆっくり休んで、また4日にお会いしましょう。」

そう言って、教授は講義の片づけを始めていった。今日はこれで終わりなので、他の学生は次々と教室を出ていく。

恐らく、今日も自習室に残るのは5人もいないだろう。まあ、かく言う僕も行かないけど...

「お疲れ。帰りにメシでも行くか?」

右後ろに座っていたタクヤが僕の肩を叩いて促してくる。

「ごめん。今日は彼女の所へ行かないといけないから。」

「あぁ、そうか....お前も大変だよな....

分かった。行きたくなったらいつでもラインしてくれよ。」

「ありがとう。よいお年を。」

軽く手を振って、僕は約束の場所へと階段を掛けていった。

 

「失礼します。───です。」

ノックをして、僕はいつもの研究室に入る。

「こんにちは。今日もごめんなさいね。」

ドアを開けると、椅子に座り長机に向かって本をペラペラめくっている女性、いや僕の彼女だった人がそこにいた。

「いえ、こちらが勝手に押しかけているだけですから。体調はどうですか?」

「私は特に問題ないけど、貴方が依然言っていたことは何一つ思い出せなくて....」

 

ーーー

ヤマグチ───山口教授との一件からもう1か月と少しが経とうとしている。

無事に研究室に戻ってきた後最初に見たのは、横に倒れ意識を失っているお姉さんの姿だった。

僕は急いで救急車を呼び、隊員には貧血で倒れたとだけ言って彼らに任せた。

意識は2日程で取り戻したものの、山口教授や僕のことは一切覚えておらず、ただ租税法に関する知識だけ微かに残っていることだった。都合のいい忘れ方とは思ったが、教授にもう振り回されないで済むのは幸いだった。

結局サトシ先生が身元引受人として彼女を預かり、近々養子縁組をするとのことだ(入院費用は先生が自腹で払ったらしい。10割負担で大丈夫だろうか...)。

お姉さんは今行方不明になった教授の代わりとして、N大学で非常勤講師として働いている。

 

「明日から大学も閉まりますし、今日はこの問題を一緒に考えて終わりにしましょう」

何か思い出すきっかけはないかとここ1か月、彼女に対して判例の発表をしたり税制改正に関する新聞記事を紹介したりして議論しているが、未だに功を奏していない。

これが駄目ならもうあきらめようと思い、僕は問題文が書かれた紙を彼女に渡した。

問題は令和3年司法試験租税法の第2問だ。

 

 株式会社A(以下「A社」という。)及び株式会社P(以下「P社」という。)は,株主及び役員の一部を同じくする関連会社である。A社は,昭和50年に甲県乙市郊外の土地(以下「本件土地」という。)を3000万円で購入し,A社の保養施設の敷地として利用していた。平成29年に本件土地上の保養施設は取り壊され,本件土地は更地となっていた。令和元年9月,A社代表取締役のQは,知り合いのRから,本件土地を時価相当額である9000万円で売却してほしいとの電話連絡を受けた。Qは,A社が直接Rに本件土地を売却するのではなく,A社からP社へ,そしてP社からRへ,順次売却することを計画した。その目的は,A社及びP社がそれぞれ譲渡益を得て,A社及びP社の繰越欠損金を消滅させることにより,2社合計の法人税額を,A社が直接Rに本件土地を売却した場合と比して低くすることであった。
 Qは,課税上問題視されないようにするため,A社とP社との間に株式会社B(以下「B社」という。)を挟むことを考えた。Qの大学時代の同じサークルの後輩で今でも交流を続けているCが,乙市内で不動産販売会社たるB社を立ち上げ,B社の代表取締役を務めていることを思い出したためである。QはCに,B社がA社から本件土地を購入する取引を提案した。ただし,B社がA社から7000万円で本件土地を買い受けた後,2か月以内にこれをP社に7500万円で売却すること(以下「本件特約」という。)を条件とするものであった。Qとしては,A社及びP社とは何ら関係性のないB社を間に介在させることで,本件土地の適正な時価が7000万円であると見せ掛けることを企図していた。Cとしては,古くから世話になっている先輩からの依頼であり無下に断ることもできず,立ち上げたばかりのB社の売上げが少しでも上がるのであればと思い,承諾した。
 なお,本件特約は,Qの希望により本件土地の売買契約書とは別の覚書(以下「本件覚書」という。)という形でA社,B社間で締結された。また,Qは,本件土地の売却時期が令和2年2月頃になることをあらかじめRに連絡し,Rの了解を得ていた。
 以上に基づき,B社は,令和元年11月15日にA社から本件土地を7000万円で買い受け(以下,この取引を「本件AB取引」という。),令和2年1月10日に本件土地をP社に7500万円で売却した(以下,この取引を「本件BP取引」という。)。同月20日,QはRに対し,本件土地は,現在,関連会社であるP社が保有しているので,P社に買付証明書を提出してほしいと連絡し,Rは,同月23日付け買付証明書をP社に郵送した。P社は,同年2月25日にRに対し,本件土地を9000万円で売却した(以下,この取引を「本件PR取引」という。また,「本件AB取引」,「本件BP取引」,「本件PR取引」をまとめて,以下「本件各取引」という。)。P社は,同月29日にCに対し,協力金として100万円(以下「本件リベート」という。)を支払った。
 A社,B社及びP社は,毎年1月1日から12月31日までの期間を事業年度としている。
 A社は,本件土地の時価が7000万円であるという前提で,令和元年12月期の法人税の申告(以下「本件A申告」という。)をした。令和2年9月,税務署によるA社に対する法人税の実地調査がなされた。本件土地が転々譲渡されていることにつき調査官から尋ねられたQは,本件土地を,交渉の末,B社に7000万円で売却したところ,その後,本件土地を9000万円で購入したいとRから連絡を受けたが,既にB社に売却してしまっており,当時,A社にて買い戻すだけの資金的余裕もなかったことから関連会社のP社が本件土地をB社から7500万円で購入した上で,Rに売却することになった旨を説明した。その際,Qは,本件各取引の売買契約書(以下「本件各売買契約書」という。)について調査官に示したものの,本件覚書については開示しなかった。なお,本件各売買契約書には架空の名義の利用はない。
 調査後,QはすぐにCに連絡し,B社について調査官から事情を聴かれた際には,本件覚書の存在やQとCとの関係については一切触れずに,交渉の末に,購入価額が7000万円となったと説明するよう要請した。また,Qは,Rに対してもQが調査官に説明した内容での口裏合わせを行った。しかし,B社に反面調査がなされた際,本件覚書の存在が発覚し,本件各取引の全貌が明らかとなった。
 以上の事案について,以下の設問に答えなさい。ただし,第2問において,グループ法人税制及び同族会社行為計算否認規定の適用は考えなくてよい。

 

〔設問〕
1⑴ 仮にA社が令和元年11月15日に直接Rに本件土地を9000万円で譲渡していた場合,当該譲渡に関して,同年12月期のA社の法人税の計算上,益金の額及び損金の額への計上に係る根拠規定及び適用関係を説明しなさい。
⑵ 本件AB取引に関して,令和元年12月期のA社の法人税の計算上,益金の額及び損金の額への計上に係る根拠規定及び適用関係を説明しなさい。
国税通則法第68条第1項の「隠蔽」,「仮装」につき,最高裁判所平成7年4月28日第二小法廷判決・民集49巻4号1193頁は「架空名義の利用や資料の隠匿等の積極的な行為が存在したことまで必要であると解するのは相当でなく,納税者が,当初から所得を過少に申告することを意図し,その意図を外部からもうかがい得る特段の行動をした上,その意図に基づく過少申告をしたような場合には,重加算税の右賦課要件が満たされる」と判示した。益金を2000万円少なくした本件A申告そのものが同項の「隠蔽」,「仮装」に当たるか,説明しなさい。
⑷ 本件A申告そのもの以外に,国税通則法第68条第1項の「隠蔽」,「仮装」に当たる事実があるかについて,本件各取引の法律行為の内容が本件各売買契約書に偽りなく記載されており,架空名義の利用はないことに留意しつつ,上記最高裁判所の判決の判示を踏まえて説明しなさい。
2 本件AB取引及び本件BP取引に関して,B社の令和元年12月期及び令和2年12月期の法人税の計算上,益金の額及び損金の額への計上に係る根拠規定及び適用関係を説明しなさい。
3 本件リベートは,Cの令和2年分の所得税の計算上,事業所得,一時所得,雑所得のいずれの所得に分類されるか,説明しなさい。

 

「B社による本件土地の売却を制限する本件特約の存在や、本件AB取引から間が空かない内に本件BP取引を行う本件各取引の態様、契約当事者の関係性を見てみると、本問はPL農場事件判決<518~>を意識していると言えるわね...」

お姉さんが、問題文を数分でざっと読んだだけでモデル裁判例を把握している。記憶を失っても分析能力は健在のようだ。これなら期待できるかもしれない。

「土地の売却の実質的な目的*1等本件と違う点も多いですから、余りその裁判例を重視しないようにしましょう。

まず設問1の(1)ですが、これはサービス問題なので僕が引き取ります。

A社のRに対する本件土地の譲渡ですが、対価が9000万円なので「有償・・・による資産の譲渡」(法人税法22条2項)に該当します。そのため対価の9000万円がA社の所得の計算上益金の額に算入されますが、注意すべき点は算入の根拠規定が改正によって新設された点です。法人税法22条の2第1項と第4項になります。

第二十二条の二 

①内国法人の資産の販売若しくは譲渡又は役務の提供(以下この条において「資産の販売等」という。)に係る収益の額は、別段の定め(前条第四項を除く。)があるものを除き、その資産の販売等に係る目的物の引渡し又は役務の提供の日の属する事業年度の所得の金額の計算上、益金の額に算入する。

④内国法人の各事業年度の資産の販売等に係る収益の額として第一項又は第二項の規定により当該事業年度の所得の金額の計算上益金の額に算入する金額は、別段の定め(前条第四項を除く。)があるものを除き、その販売若しくは譲渡をした資産の引渡しの時における価額又はその提供をした役務につき通常得べき対価の額に相当する金額とする。

そのため、解答の際は二つの条文にも触れる必要があります。

次に損金の額ですが、A社は昭和50年に本件土地を3000万円で購入したことで同土地を取得していますから、この3000万円が譲渡原価(法人税法22条3項1号)として損金の額に算入されます。1号の指摘は必須です。」

この問題は所得計算の確認問題であるから、難なく解きたいところではある。

 

「じゃあ、次は(2)にいきましょう。

この問題から本件各取引の中身に着目することになるわ。

まず本件AB取引だけど、この取引ではA社が本件土地をB社に7000万円で売却している。この時、令和元年11月15日の土地の時価は明らかになっていないけど、9月の時価相当額が9000万円と問題文に記載があるから9000万円でしょう。そうすると、本件AB取引は時価よりも2000万円低い対価で取引をした低額譲渡と評価されることになる。

低額譲渡のときの益金の額は譲渡時の時価相当額となることを、南西通商事件判決【22】の判旨を参考にして論証していくんだったよね。あ、でも今は法人税法22条の2第4項があるのか。今回は問題の数が多いし、条文の趣旨を簡単に説明すれば判例を紹介しなくてもいいかも。

で、次は損金の額。3000万円が譲渡原価に含まれるのは(1)と同じだけど、A社はB社に本件土地を2000万円安く売却しているから、実質的に2000万円の利益をB社に送っていることになる。この2000万円は一応販管費法人税法22条3項2号)と評価できるけど、A社のB社に対する「経済的な利益の供与」に該当し、同法37条8項が適用される結果、「寄付金の額」として同条1項によって損金算入が制限される。

損金算入限度額は本問で算定できないから、2000万円の内算入限度額が先の3000万円と合わせて損金の額に算入される。

解答は以上だけど、何か忘れている所はあるかな?」

澱みなくすらすら解説を行う彼女の姿に見とれてしまう。

「か、完璧です.....何も言うことはありません。」「良かった!」

 

「次は(3)ですか....税法の授業で国税通則法はあまりやってないですし、これは何を言いたいのかよく分かりません。」

「この問題は加算税の仕組みを知らないと中々取っつきにくいかも。

所得税法人税の場合、納税者が納税義務の存否や範囲を確定させるために納税申告書(国税通則法2条6号)を提出する必要があるの。納税申告書の提出は原則法定申告期限(同法2条7号)までに提出が必要で(同法17条1項)、申告書に記載する事項——課税標準等といわれるものね——も取引の実態に沿ったものでないといけないの*2

今説明した納税者の納税申告義務の適正な履行を担保するために、国税通則法は行政罰としての加算税を規定しているわ。主な加算税は過少申告加算税(同法65条)・無申告加算税(同法66条)・重加算税(同法68条)だけど、それぞれ何となくイメージはつくかな?」

「そうですね...過少申告加算税は字の通り、課税標準額や納税額を低く申告した場合の加算税で、無申告加算税は納税申告を何ら行っていない場合の加算税ですかね?

重加算税はよく分からないですけど、申告の瑕疵が重大の場合の加算税になると思います。」

「重加算税は、今君が過少申告加算税の説明をしてくれた内容そのままになるかな。

要は、申告の段階で課税標準等を隠蔽や仮装をした場合のペナルティが重加算税ということ。これに対して過少申告加算税は、法定申告期限内に適法に申告したと思っていたけど、後に記載内容に誤りが見つかって修正申告をしたり更正の決定を受けたりした場合のペナルティになる。重加算税の方が納税者の悪質性が高いといえるし、実際税率も過少申告加算税が5%なのに対して、重加算税は35%になっているわ。」

「そうすると、過少申告加算税と重加算税はそれぞれ別の加算税というわけですね。」

「そこまでくれば、小問の(3)は解答できるわ。

問いの対象になっている本件A申告は、A社が本件土地の時価が7000万円であることを前提に法人税の申告を行ったものになるけど、元々の時価は9000万円だから、A社が記載した益金の額は本来のそれよりも2000万円低くなっている。そうすると、申告自体は過少申告加算税の課税の問題であって、重加算税の問題とならない。よって、国税通則法68条1項の「隠蔽」「仮装」に当たらない。

以上が解答になるかな。」

「ありがとうございます!

お姉さんの口調も砕けてきて、何だか昔の勉強会を思い出すようで楽しいです!」

「あっ、ごごめんなさい!お話しするのが楽しくなってしまって、つい君に失礼なことをしてしまって....」

彼女が手をあわわあわわと振りながら謝ってくる。

「いいんです。本来の目的はそれですから。問題はまだまだありますし、最後の(4)に行きましょう。

(4)は本件A申告以外で「隠蔽」「仮装」に当たる行為は認められるかについてですね。

(3)で引用されている判例ですが、設問との関係で重要な判旨はこの部分になります。

 

過少申告をした納税者が、その国税課税標準等又は税額等の計算の基礎となるべき事実の全部又は一部を隠ぺいし、又は仮装し、その隠ぺいし、又は仮装したところに基づき納税申告書を提出していたときは、その納税者に対して重加算税を課することとされている(国税通則法六八条一項)。この重加算税の制度は、納税者が過少申告をするについて隠ぺい、仮装という不正手段を用いていた場合に、過少申告加算税よりも重い行政上の制裁を科することによって、悪質な納税義務違反の発生を防止し、もって申告納税制度による適正な徴税の実現を確保しようとするものである。
 したがって、重加算税を課するためには、納税者のした過少申告行為そのものが隠ぺい、仮装に当たるというだけでは足りず、過少申告行為そのものとは別に、隠ぺい、仮装と評価すべき行為が存在し、これに合わせた過少申告がされたことを要するものである。しかし、右の重加算税制度の趣旨にかんがみれば、架空名義の利用や資料の隠匿等の積極的な行為が存在したことまで必要であると解するのは相当でなく、納税者が、当初から所得を過少に申告することを意図し、その意図を外部からもうかがい得る特段の行動をした上、その意図に基づく過少申告をしたような場合には、重加算税の右賦課要件が満たされるものと解すべきである。

 

二つ目の下線部から、「仮装」「隠蔽」行為は、①当初から所得を過少に申告することを意図し、②その意図を外部からうかがい得る特段の行動であると解釈できます。」

「規範の抽出はそれで十分ね。

後はあてはめになるけど、君は何が「隠蔽」「仮装」行為に当たると考えたかな?」

考えられるのは、一つだろう。

「僕は、本件AB取引が「隠蔽」「仮装」行為に当たると考えました。

本件AB取引はA社とP社との間の本件土地の売却の間にB社を介在させることで、同土地の時価を7000万円と見せ掛け、時価取引であることを前提に納税申告を行うことを目的としています。これは、A社の過少申告の意図と評価できます。

次にA社の意図を外部からうかがい得るかどうかですが、確かに本件AB取引は契約内容が偽りなく契約書に記載されていますし、架空名義も利用されていないことから契約書からA社の意図を知ることは難しいかもしれません。ですが、A社とP社は関連会社の関係にあり、また同取引については本件特約の存在があります。

A社が時価よりも2000円低い価額で本件土地を売却することによって得られる経済的利益はありませんから、これらの事情を総合すればA社の意図はなおうかがい得るとえます。」

「結論としてはそれで大丈夫かな。勿論、契約書の内容を重視して該当性を認めないとするのも、他の問題との兼ね合いから悪くないわ。ひとまずお疲れ様!」

 

設問1を何とか片付け、僕達は紅茶を飲んで休憩することになった。

最初の勉強会から半年が過ぎて、実力が付いたと自分でも実感している。

あとは彼女の問題だ。

 

「次は設問2です。これが本問では一番難しい問題だと思います。」

紅茶を一滴残らず飲み干した僕は、一呼吸ついてお姉さんに話しかけた。

「設問のモデルになっているPL農場事件判決ですが、これは宗教団体Pが所有する土地を団体から直接K鉄道会社に売却するのではなく、団体内の会社間で順次売却させた上でK鉄道会社に売却することで、会社間の繰越欠損金を消滅させて会社全体での納付すべき法人税額を減少させようとした事案です。

宗教団体Pはグループ企業としてM観光・P農場・F社を保有していて、M観光が土地を所有していました。そして、上記の租税回避目的達成のため、M観光とP農場との間の土地売買契約には、P農場が土地を1億7348万円で購入後直ちにF社に対して同土地を2億2622万円で売却することが条件となっていました。同土地の時価は6億188万円でした。

M観光からP農場、P農場からF社へ土地が売却され、最終的の土地の一部がK鉄道会社に売却されましたが、P農場に対しては土地の時価とM観光からの実際の取得価額との差額を受増益と認定した上で、

①同額をF社への売却における原価として損金に追加

②本件土地の時価とF社への売却価格との差額を寄付金と認定して更正処分を行いました。

第一審は原処分を維持したので、これに対してP農場が控訴したのが本判決になります。」

「事案の概要がよくまとめられてるわ!

その上で、大阪高裁はどのような判断を行ったのかな?」

「大阪高裁は、P農場は土地の買受けによって転売を拘束された価額である2億2622万円相当額の収益を得て、同時に買受価額1億7348万円相当額の原価を要したものの、収益の額は2億2622万円を上回るものではないと判断しました。

その理由として、法人税法22条2項の収益の額を判断するに当たって、その収益が契約によって生じているときは、法に特別の規定がない限り、その契約の全内容、つまり特約をも含めた全契約内容に従って収益の額を定めるべきものとしています。」

「PL農場事件については租税回避目的も問題になっているけど、設問2との関係では特に言及する必要が無いわ。要は、収益の額や原価の額の算定に当たっては、契約内容をよく考慮する必要があることね。

PL農場の事件では、P農場が条件を了承しなければ土地を買い受けることができなかったから、買受けの利益の額はF社への売却額を超えることが無いと評価しているわ。

じゃあこの判決を踏まえると、B社の令和元年12月期の益金の額はどうなるかしら?」

「B社は令和元年11月の本件AB取引によって、時価9000万円の本件土地を7000万円で取得しています。ですが、同取引には2か月以内にB社がP社に本件土地を7500万円で売却するという本件特約が付けられていて、B社は本件土地を7500万円で売却しなければならない地位に立たされています。

そうすると、B社にとって本件AB取引は、「その他の取引」(法人税法22条2項)である低額譲受けと評価されますが、これによるB社の収益は7500万円から7000万円を控除した500万円になります。

よって、500万円が益金の額に算入されます。」

「そうね!

もし本件特約がなければB社は本件AB取引によって対価と時価の差額2000万円の利益を享受できたんだけど、本件特約によってその利益の享受が制限されていることに気付けるかがポイントになるわ!

資産の購入の段階で損金計上は行わないから、損金の額については言及しなくていいかな。」

仮にPL農場事件判決の存在を知らなかった場合は、本件特約に着目して低額譲受けの益金計上を問題にすることになるだろう。

「次は令和2年12月期の処理だけど、本件BP取引によって算入される益金の額はいくらになるかな?」

「はい。B社は時価9000万円の本件土地を7500万円でP社に売却しているので、本件BP取引は低額譲渡と評価されます。ですが、本件特約によってB社は同額での売却を強制されている以上、収益の額は7500万円に限定されこれが益金の額に算入されることになります。」

「本件AB取引での益金算入と平衡を合わせるならば、そのような処理になるわね。次は損金の額だけど、本件AB取引でB社は本件土地を7000万円で購入しているから、譲渡原価は7000万円になるんじゃないかな?」

これは...引っ掛けなのだろうか...?

「譲渡原価は資産譲受当時の時価ではなく、譲り受けた資産又は役務の受増益の金額となっています*3

B社は本件土地をA社から購入したことで7500万円の収益を上げているので、譲渡原価の額は7500万円になります。」

「よくできました。そうすると、令和2年12月期の所得の金額は、7500万円から7500万円を控除してプラマイゼロになるわ。これはPL農場事件判決の事案でも同じね。」

 

「最後の設問3ですが、これは事業所得、一時所得、雑所得の順番で要件を検討していけばいいと思います。

事業所得については企画遂行性の要件で切れて、一時所得については対価性の要件で切れます。雑所得に分類されると結論付けていいでしょう。」

「設問2を初見で解くのは難しいから、設問3でしっかりポイントを踏まえた議論ができればいいと思う。

これで第2問は終わりね。お疲れさまでした!」

 

 

 

ーーー

(推奨BGM)


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研究室の時計の短針は7時を指そうとしている。

窓を覗くと大学の構内は薄暗く、曇天からしんしんと雪が降り出してきた。

背後から鼻をすする音が不意に聞こえてきたので振り向くと、彼女が静かに泣いているのが見えてしまった。

 

「今日折角私なんかに付き合ってくれたのに...貴方のことを何も覚えていなくて...」

僕は首を横に振った。これは僕の自己満足なんだ。彼女は悪くない。

「でもっ!

この1か月、貴方が私に何度も話しかけてくれて...私、自分のことを得体の知れない物としか思っていなかったのに...私を受け入れてくれて。嬉しかったんです。

さっきも貴方と一緒に話しているときも、以前もこうやって楽しく話をしていたような気がして...」

 

「僕のことを覚えていなくても。僕にとって、お姉さんはお姉さんなんです。

5月に貴方とここで出会ってから、つまらなかった日常が輝き出したんです。信頼できる仲間もできました。

僕はお姉さんに感謝しています。これからも一緒に勉強して、楽しさや喜び、悲しみを共に知っていきたいです。

記憶や思い出が無くなってしまったなら、また一緒に見つけていきましょう。

お姉さんは真っ新に生まれ変わったんです。

人生を一から始めませんか?」

照れ臭い、それでも本心そのままの言葉を彼女に掛け、僕は寒さで縮こまっている彼女の背中をそっと抱きしめる。僕の腕は振り払われなかった。

彼女の涙声はいつしか嗚咽に変わっていった。

 

 

「——君。お願いがあります。」

両頬の涙の線が乾かない内に、彼女からこう切り出された。

「何ですか」

「私に名前を下さい!」

「名前ですか....」

「サトシ先生という方と養子縁組をすると聞いていますが、その方から新しい下の名前を考えてくるよう言われてまして。

代わりに彼にお願いしたのですが、「これは貴方が新しい人生を生きる上で重要なんだ」と言われて困ってしまったんです。」

山口教授による影響はここまで及んでいるのか...

名付けるのはお姉さんを自分の子とするようであまり気乗りがしない。

「ちょっと考える時間が必要なので、1週間ほど待ってくれませんか?」

「それが、明日サトシ先生と一緒に家庭裁判所に行くことになってます。

今日中に決めないとダメなんです...ごめんなさい。」

「うーーーーーん....」参った。

なら、ここで決めてしまわないと。

「これも何かの縁です。どんな名前でも大事にしますので、どうかお願いします!!」

 

縁か...ならこれならどうだろう。

「では、縁の漢字一文字を取って、「ゆかり」さんはどうでしょうか?」

「ゆかり...その心は何でしょう?」

「僕と貴方が出会ったのは、ロースクールのTAというありふれた繋がりから始まりました。ですが、そのようなご縁がなければこのような出会いをすることは無かったと思います。

僕はこの縁を大事にしていきたいし、これからもっと人の縁を広げていきたい。それを一緒に共有できたらいいなって思ってます。

それに、僕の故郷では「縁結び」という言葉が大切にされています。これからも二人で人生を歩んでいきたいです。

 

僕は縁さんが好きです。何度でも言います。僕と付き合って下さい!」

二回目の、けれど彼女にとっては人生初めての告白をした。

次の瞬間、彼女はぐいっと僕の体を抱き寄せ、そっと唇を僕に触れさせた。

あの時と変わらない甘い匂いに、僕の緊張はたちまち解れていった。

 

「私も——さんが大好きです。縁を、一生大事にして下さいね!」

 

 

(解答例)

設問1、小問(1)
(1) A社がRに対し本件土地を対価9000万円で譲渡する行為は、「有償・・・による資産の譲渡」(法人税法(以下、法法と略す)22条2項)に該当する。同土地の時価は9000万円であるため、9000万円が令和元年12月期の法人税の計算上、益金の額に算入される(法法22条の2第1項及び第4項)。
(2) A社はR社に譲渡した本件土地を昭和50年に3000万円で購入している。したがって、この3000万円は譲渡原価(法法22条3項1号)として、令和元年12月期の法人税の計算上、損金の額に算入される。
設問1、小問(2)
(1) 本件AB取引では、A社がB社に対し、時価9000万円の本件土地を対価7000万円で売却しており、低額譲渡と評価される。
 低額譲渡については、「無償による資産の譲渡」(法法22条2項)においても資産の時価相当額が収益の額として益金算入がなされることとの公平を図るため、「有償による資産の譲渡」として、譲渡額に加えその額と時価相当額との差額も益金の額に算入されるとすべきである(南西通商事件判決参照)。本件AB取引でも、7000万円と差額2000万円の合計9000万円が益金の額に算入される。
(2) 本件AB取引によりA社は上記差額2000万円を贈与していることになるから、この2000万円はいわゆる販管費(法法22条3項2号)として損金の額に算入されるとも思える。
 しかし、本件では2000万円は法法37条8項より「寄付金の額」に該当し、「別段の定め」である同条1項により損金算入限度額の限度でのみ損金の額に算入される。この額と譲渡原価3000万円が算入の対象になる。
設問1、小問(3)
 国税通則法(以下、国通と略す)65条1項は同法68条1項の重加算税とは別に過少申告加算税を規定しており、過少申告に対する加算税は同法65条1項に基づいて課すことが法の趣旨と解される。そうだとすれば、国通68条1項の「隠蔽」及び「仮装」に過少申告それ自体は当たらないと解すべきである。
 したがって、本件A申告は同項の「隠蔽」及び「仮装」に当たらない。
設問1、小問(4)
(1) 国通68条1項の「隠蔽」「仮装」行為は、当初から所得を過少に申告する意図し、その意図を外部からうかがい得る特段の行動と解される。
(2) 本件でA社は、本件A申告の前提として本件AB取引を行っているが、これは代表取締役Qによる、A社とP社との間にB社を間に介在させることで本件土地の適正な時価が7000万円であると見せ掛けるという企図に基づく。この企図はAの所得を2000万円過少に申告する意図と評価される。
 そして、本件土地を時価よりも9000万円でB社に売却する経済的合理性は特に認められないこと、本件AB取引ではBの経済的利益の取得を制限する本件特約が付されていることからすれば、同取引からQの上記企図が窺われるといえる。
(3) よって、本件AB取引は「隠蔽」又は「仮装」行為に当たる。
設問2
1 令和元年12月期について
(1) 本件AB取引においてB社は、時価9000万円の本件土地を対価7000万円で譲り受けている。そのため、同取引が「その他の取引」(法法22条2項)である資産の低額譲受けと評価され、差額2000万円が令和元年12月期の法人税の計算上、益金の額に算入されるとも思える。
(2) もっとも、本件AB取引には、B社にP社への本件土地の売却を強制する本件特約が付けられている。法法22条2項の収益の額を判断するに当たりその収益が契約によって生じているときは、特別の規定が無い限り契約の全内容に従って収益の額を定めるべきである(PL農場事件判決参照)。
 B社は本件特約により本件土地を時価9000万円ではなく7500万円で売却することを強制されているから、低額譲受けによる収益の額の基準額は7500万円とすべきである。
(3) よって、B社の益金の額に算入される金額は、7500万円から7000万円を控除した500万円となる。
2 令和2年12月期について
(1) 本件BP取引において、B社は本件土地を時価よりも1500万円低い7500万円でP社に対して売却している。同取引はB社による低額譲渡と評価されるため、本件AB取引と同様に9000万円が令和2年12月期の法人税の計算上、益金の額に算入されるとも思える。
 しかし、前述の通りB社は本件特約に基づき本件土地を7500万円で売却することを強制されているから、本件BP取引による収益の額は売却額たる7500万円の限度となると評価すべきである。よって、7500万円が益金の額に算入される。
(2) 次に損金の額について、法法22条3項1号の譲渡原価は受増益の額と解されている。よって、本件AB取引の受増益である7500万円が令和2年12月期の法人税の計算上、損金の額に算入される。
設問3
(1) 所得税法(以下、所法と略す)27条1項の「事業」とは、自己の計算と危険において独立して営まれ、営利性有償性を有し、かつ反復継続して遂行する意思と社会的地位とが客観的に認められる業務をいう(弁護士顧問料事件判決参照)。Cは不動産販売会社B社を設立し、本件AB取引及び本件BP取引はB社を当事者として行っている。そのため、CがP社から受取った本件リベートは、本件土地の販売という「事業」から生じた所得として事業所得(同条)に分類されるとも思える。
 しかし、本件土地の購入及び売却は本件特約により制限されており、B社による企画遂行と評価されず同社の計算と危険において独立して営まれたといえない。そのため、本件土地の販売は「事業」に当たらず、本件リベートは事業所得に分類されない。
(2) 次に一時所得(所法34条1項)に分類されるか検討する。一時所得の要件は、①所法34条1項に定める8種類の所得のいずれにも該当しないこと、②営利を目的とする継続的行為から生じた所得以外の一時の所得であること及び③労務その他の役務又は資産の譲渡の対価としての性質を有しないことである。
 本件リベートは、P社がCに対し本件AB取引及び本件BP取引の協力金として支払ったものであるから、各取引遂行のという役務の対価性が認められる。よって、上記要件③をみたさない。本件リベートは一時所得に分類されない。
(3) 以上より、本件リベートは雑所得(所法35条1項)に分類される。

以上

 

 

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(予告)

4月22日又は23日の午後8時から、税法ガール完結記念のスペース(一夜限り)をやります。

ガール執筆の経緯や登場人物の裏話について説明するほか、租税法に関する質問に対して返していく予定です。

そこで、司法試験租税法に関する質問(勉強方法や過去問の疑問点)がありましたら、この記事のコメント欄やツイートのリプライ等に書いていって下さい。

宜しくお願いします!

 

unknown39先生の次回作にご期待下さい。

 

*1:契約の各当事者が幾らかずつ譲渡益を得ることにより、土地所有者のみならず、他社についても繰越欠損金を消滅させること、所有者が時価で直接土地を売却した場合に納付すべき法人税額に比して、同社が納付すべき法人税額のみならず、会社全体が納付すべき法人税額をも減少させて、全体としての法人税納付を回避すること

*2:以上の①法定申告期限内に納税申告書を提出する義務及び②納税義務の存否又は範囲を法律の規定に従って正しく確定する義務をまとめて、納税申告義務という。谷口・124頁

*3:https://www.nta.go.jp/about/organization/ntc/kenkyu/ronsou/97/02/index.htm