DocumentaLy.

ここにテキストを入力

【税法ガール】第6話 七里ヶ浜スカイウォーク(平成30年第1問)

前回(平成29年第2問)

lawschoolreport.hatenablog.com

 

話はもうすぐ折り返し地点ですが、今後の展開はあまり詳しく考えてないです←

 

ーーー

「しっかし、『税法合宿』とはねぇ...」

8月下旬。雲一つない快晴そして炎天下で、目的地までの道路をひたすら歩く僕の隣で、相方がそう呟く。

「どうせ司法試験の勉強以外にやることないんだから、旅行するのもいいんじゃないか?」

「いや、これも勉強だけどな」「まあまあ」

目的地の最寄り駅である江ノ電七里ヶ浜駅まで、新幹線と在来線を乗り継ぐこと3時間34分。さらに駅から徒歩で20分弱。朝から長時間長距離の大移動で、僕と相方ータクヤは既に疲労困憊だった。

 

期末試験と前期の成績発表が終わり、後期に向けての掃除片付けをお姉さんと二人で行った後、彼女から合宿について告げられた。2泊3日で場所が鎌倉、初日と二日目の午前中が勉強会、午後がバーベキュー・海水浴・花火大会、最終日が寺院巡りだそう。

なぜ場所が鎌倉なのか尋ねると、お姉さんの親戚が鎌倉にあり、そこに別荘を建てているかららしい。何でも親戚の方は若手の税法学者で、現行の司法試験にも合格しているそうだ。

三日間そこの別荘の一部を間借りすることになったため、現地集合・現地解散という段取りになった。

 

「せっかくだし、君以外の税法履修者も誘っておいでよ!」とのお達しがあったため、僕は同級生に色々誘ってみた。結局、三日とも都合がついたのは同じクラスのタクヤだけだった。

彼は僕と同じN大ローの2年生で、前期の税法の授業も一緒に受講していた。受講生の中では唯一A評価を貰っており(僕はB評価だった)、僕と同じくらいいやそれ以上に税法が得意なんだと個人的に思っている。ロースクール内ではいつもジャージを履いていて、この日も夏仕様の薄いジャージ上下を着ていた。

 

「集合場所の別荘まであとどれくらいなんだ?」タクヤスマホを左手でいじりながら言う。

「地図ではこの辺りなんだが・・・この角を曲がって、突き当りを左にっと・・・ここか。うわ何だこりゃ。」

持っていた地図から顔を上げると、普段の生活ではまずお目にかけることができない風壮大な平屋住宅が眼前に現れた。書院造りを思わせる荘厳な住居の周りに、きちんと手入れがしてある立木と砂利が風情を損なわないよう佇んでいる。大学では喧しく聞こえるセミの鳴き声も、ここでは静寂さを引き立たせる要素として存在していた。

そんな風景に僕が見惚れている間に、タクヤが門の備え付けのインターフォンを押していた。よく門を見ると「SECOM」の文字が。....結構近代的なんだな。

 

インターフォンを押してから数分後、紺色の甚平を着た男性が僕らの下に歩いてくる。

「君たちは彼女の勉強仲間かな?ようこそ鎌倉へ。どうぞ中に入ってくれ。」

 

ーーー

「遠くからわざわざ来てくれてありがとう!お茶でも飲んでゆっくりしていってね。」

甚平を着た男性に居間へ案内されると、湯呑が乗ったお盆を持ったお姉さんに出迎えられた。居間といっても10畳はある大きな和室であり、中央に木造のテーブルが安置されている。

「いや、何かすごいなこれは。うちの実家の3倍は広いんじゃないか?」タクヤが周りをキョロキョロしながら言う。

「そう言ってくれると招待側としては嬉しいよ。紹介が遅れたね。

私は、松田智(マツダサトシ)。Y大学で租税法を研究している。自宅は横浜市の中心部にあるんだが、夏季休暇中はここに籠って論文を書いたり、院生を呼んで博士論文の打合せをしたりしている。

今回彼女から「税法合宿」の話を聞いて、親戚の頼みでもあるし特別にここを貸してあげた、って訳だ。短い時間だけど、宜しく頼むよ。僕のことはサトシでいいよ。」

「「宜しくお願いします!」」二人でサトシさんに礼をする。

大学教授というとどうしても高齢で滅茶苦茶怖そうなイメージがあり、うちのロースクールでもそういった先生は何人かいる。サトシさんはそうではなくラフな感じで、僕たちより一回り大きいくらいのお兄さんにしか見えない。

N大のヤマグチ先生の雰囲気に似てなくもないが、あれは何というか....

講義そっちのけで「僕実は先週サカナクションのライブに行ってきたんだよ~」と勝手にライブのレポートをし始めるしなあ。

 

 

「早速、勉強会を始めましょうか!」お姉さんが僕たちのテーブルの向かいに座っていった。「サトシさんも一緒にどう?」

「そうだねえ。今日は特に予定はないし、お邪魔させてもらおうか。君たちがどれくらい勉強ができるかによって、明日の講義の内容も変えないといけないからね。」

いつもはお姉さんと二人で和気あいあいと勉強しているが、タクヤとサトシさんが一緒となると緊張するな。頓珍漢な発言はできない。

「問題は平成30年の司法試験の第1問。二人とも準備はばっちりかしら。」

「はい、二人で新幹線に乗ってるときに検討してきたんで。」タクヤが問題のコピーを取り出す。駅弁をつつきながらあーだこーだと喋っていたな。

 

1 株式会社(以下「甲社」という。)に会社員として勤務するXは,かねてからのギャンブル好きが高じ,甲社からの給与収入だけでは生活費にすら事欠く状態となり,消費者金融会社等か ら借金をしては,これをギャンブルや利息の返済に充てることを繰り返す自転車操業状態に陥っていた。
 Xは,そのような折りのある日,大金をつぎ込んだギャンブルに失敗し,腹いせに酒を飲んだ後,自動車を運転して帰宅途中,ハンドル操作を誤り,バイク及びトラックと相次いで衝突する交通事故を起こした(以下「本件事故」という。)。
 本件事故により,バイクを運転していたAが怪我をしたほか,A所有のバイク及びB株式会社(以下「B社」という。)所有のトラックが破損する被害が生じた。
2 Aは,取引先から仕入れた弁当をバイクで宅配する事業を個人で営んでおり,本件事故時はその日の弁当の配達を全て終えて事務所に戻る途中であった。Aの宅配用のバイクは,本件事故当日に修理が完了し,翌日からの弁当の配達に使うことができる状態となったが,Aは,通院して治療を受けるため完治までの間に合計5日間にわたり弁当の宅配業を終日臨時休業せざるを得なかった。
 Aは,通院治療の費用として10万円,宅配用のバイクの修理費用として10万円をそれぞれ支出した。また,Aの1日当たりの平均的な利益を基に算出した5日分の休業補償として相当な金額は10万円であった。
 Aは,Xとは以前からの知り合いであったことから,Xのためを思い,人身事故よりも行政処分や刑事処分が軽い物損事故として警察に届け出ていたが,損害賠償金は多めにもらってやろうと考え,Xに対し,「30万円払ってもらえば実費の弁償としては足りるのだが,怪我のことを警察に黙っていてやったのだから,後はそっちで考えてほしいな。」と告げた。
 Xは,物損事故として届け出てくれたAに恩義を感じていたことから,慰謝料を考慮に入れても損害賠償金としては明らかに多いとは思いつつ,Aに対し,「100万円払おう。」と申し出たところ,Aがこれを承諾したので,「Xは,Aに対し,本件事故の損害賠償金として100万円を支払う。」と明記した示談書をAと取り交わし,100万円をAに支払った。
3 B社は,Xに対し,本件事故直後から,訴訟外で,トラックの修理に要した費用の賠償として400万円の支払を求めていたが,Xは,言を左右にして支払を拒んでいた。
 Xは,飲酒運転により本件事故を起こしたことを理由に甲社から懲戒解雇された後は定職に就かず,時折アルバイトやギャンブルで収入を得るほかは無収入で,銀行に30万円の定期預金(以 下「本件定期預金」という。)があるほかは,他にみるべき資産も有していない状態であった。
 B社は,一時はXを被告とする損害賠償請求訴訟の提起を弁護士に依頼することも検討したが,Xの経済状態が好転する兆しはなく,仮に勝訴判決を得てもXが任意に支払に応じる見込みはない上,本件定期預金に対する強制執行の手続を採っても,訴訟及び強制執行手続を依頼した弁護士に対する費用や報酬の支払に少なくとも40万円を要すると見込まれた。
 そこで,B社は,トラックの修理費用の回収を断念し,本件事故の翌事業年度において,400万円の損害賠償請求権の全額を貸倒損失として経理処理をした。
 以上の事案について,以下の設問に答えなさい。なお,保険金(いわゆる自賠責保険及び任意保険に基づくもの)の支払はないものとする。

 

〔設問〕
1.Aの精神的苦痛に対する慰謝料としてはせいぜい15万円が相当であったとした場合,AがXから損害賠償金として受け取った100万円について,所得税法における所得の概念を踏まえつ つ,Aが所得税を課税される範囲を説明しなさい。
2.B社が貸倒損失として経理処理した400万円について,参考となる最高裁判所の判決の内容を指摘しつつ,B社の法人税の計算上,その全額を損金の額に算入することができるか否かを論じなさい。

 

(参照条文)所得税法施行令
(非課税とされる保険金,損害賠償金等)
第30条 法第9条第1項第17号(非課税所得)に規定する政令で定める保険金及び損害賠償金(これらに類するものを含む。)は,次に掲げるものその他これらに類するもの(これらのものの額のうちに同号の損害を受けた者の各種所得の金額の計算上必要経費に算入される金額を補てんするための金額が含まれている場合には,当該金額を控除した金額に相当する部分)とする。
一 (前略)心身に加えられた損害につき支払を受ける慰謝料その他の損害賠償金(その損害に基因して勤務又は業務に従事することができなかつたことによる給与又は収益の補償として受ける ものを含む。)
二 (前略)不法行為その他突発的な事故により資産に加えられた損害につき支払を受ける損害賠償金(これらのうち第94条(事業所得の収入金額とされる保険金等)の規定に該当するものを除く。)
三 心身又は資産に加えられた損害につき支払を受ける相当の見舞金(第94条の規定に該当するものその他役務の対価たる性質を有するものを除く。

 

「まずは所得税法の問題の、設問1から検討しましょうか。問いはAが受け取った100万円の内、所得税が課税される範囲は何円になるかというものね。

本問では訊かれていないけど、この100万円が所得税法上の所得に該当するならば、一時所得(所法34条1項)に分類されそう。損害賠償を源泉としていること、一時の所得であること及び対価性が認められないことから導かれる。

一時所得の金額は、総収入金額から支出金額を控除した残額(所法34条2項)だけど、本問で支出金額は問題にならない。

そうすると、本問は総収入金額(所法36条1項)に算入される金額は何円か、という

問いに再構成することができるわ。」

流石にここまで丁寧に考えることは現場では難しいとは思うが、何が問題になっているのか明確にするのは重要だろう。

「で、ここからが問題なんだけど、AがXから受け取った100万円はそもそも所得にあたるのかしら。もしここであたらないとなると、ここで結論は出ちゃうわけだけど。」

「メタな視点から言えば、司法試験委員会がそんな3行で終わる問題なんて出さないでしょう。それに、所法9条1項17号は、非課税所得として損害賠償金を挙げています。非課税所得は政策上非課税とすることを認める所得ですから、Aが受け取った100万円が損害賠償金に該当する限り所得には該当すると思います。」タクヤが条文を持ち出してお姉さんの質問に答える。

「条文から考えるのはいい癖だね。ただ、本問では100万円全額が17号の損害賠償金に該当するか分からない。まあこれは設問1のヒントになっちゃうけど。隣の君は何か他に理由を思いついたかい?」サトシさんが僕に振ってくる。

「そうですね...包括的所得概念から考えれば、100万円が損害賠償金に該当するか検討するまでもなく所得に該当します。Aの純資産が100万円分増えて、担税力の増加が認められるので。」

「いいわね!いきなり非課税所得の条文を持ち出すのではなく、所得該当性の原則を説明してから論点に入ると丁寧だと思うわ。所得該当性を端的に認めた後は、タクヤ君が言ってくれたように所法9条1項17号の適用の問題になるわ。

ついでに訊くけど、17号が損害賠償金を非課税とした趣旨は分かる?」

「彼が言ってくれたように、損害賠償金は形式的に担税力の増加をもたらします。ですが、これは自分が被った損害の補填であり実質的には損害を被る前と後とで純資産の増加は認められないからです。」

「そう。損害賠償金を非課税とする趣旨は、包括的所得概念から導くことができる。裏を返せば、実質的に純資産の増加をもたらす利得は、例え損害賠償金の名目であっても非課税とならない。これ本問で使う規範になるから覚えておいてね。

さて、それじゃあ実際に100万円が17号の損害賠償金に該当するかあてはめをしてみましょう。」

ちょっとお茶取ってくるわねと言って、お姉さんはキッチンに戻っていった。

 

「AがXから100万円だけど、本問ではAの損害品目として色々記載があるわね。損害品目と100万円の関係性は明らかではないけど、一先ずはこの100万円の内訳と考えましょう。損害品目を挙げていってくれる?」

皆でお茶を飲んで小休止した後、再びお姉さんが質問をする。

「通院治療の費用の10万円、宅配用のバイクの修理費用の10万円、そして1日当たりの平均的な利益を基に算出した5日分の休業補償相当額10万円です。」

「それは問題文から抜き出した品目だな。他にも、設問に精神的苦痛に対する慰謝料相当額の15万円の記載がある。見落としがちだが、これも損害品目に含まれる。」

タクヤがフォローを入れてくれた。危ない危ない。

「そうすると、100万円は全損害品目の合計45万円と、それ以外の55万円に分けられるわね。まずは45万円からあてはめてちょうだい。」

「はい。本問では参照条文として所得税法施行令が掲載されており、施行令には損害賠償金が例示列挙されています。通院費用の10万円は、所法令30条1号の「心身に加えられた損害につき支払を受ける・・・損害賠償金」に該当します。

同様に、修理費用の10万円は、所法令30条2号の「資産に加えられた損害につき支払を受ける損害賠償金」に、精神的苦痛に対する慰謝料相当額の15万円は、同条1号の「心身に加えられた損害につき支払を受ける慰謝料」に該当します。休業補償の10万円は、同条1号の括弧書に該当します。

そうすると、45万円全額が所法9条1項17号の損害賠償金に該当するといえます。」

「修理費用以外についてはそれでいいが、修理費用についても本当に損害賠償金といえるのかな?」

サトシさんが質問を振ってくる。これは何かやらかしたパターンか?

所法令30条柱書の第二括弧書は、損害賠償金の中に、損害を受けた者の各種所得の金額の計算上必要経費に算入される金額を補てんするための金額が含まれている場合には、その金額を控除することを規定しています。本問でAは個人でバイクによる宅配事業を営んでいて、その事業は所法27条1項の「事業」に該当する以上、宅配事業に使うバイクの修理費用は事業所得の金額の計算上必要経費に算入されます(所法27条2項、37条1項後段)。

そうすると、100万円の内の15万円は、第二括弧書の存在によって損害賠償金の範囲から除外されるんじゃないですか?」タクヤが引き取って答える。

「そうだね。所法令30条柱書の第二括弧書は、必要経費控除と非課税の『二重取り』を防止するための規定といえる。修理費用の10万円を果たして非課税とすることができるかは、設問1の一つのポイントだったんだろう。」

ここも趣旨から考えていくのか。確かに、本来なら課税されるはずの必要経費補填分も非課税とするのは納税者にとって有利過ぎる気がする。

「そうなると、45万円の中で17号によって非課税になるのは35万円の部分になるわね。次はそれ以外の55万円について検討しましょう。」

「所法9条1項17号の趣旨は、損害賠償金が自分が被った損害の補填であり、実質的には損害を被る前と後とで純資産の増加は認められないことに求められます。この趣旨から、先にお姉さんが言ってくれた、実質的に純資産の増加をもたらす利得は、例え損害賠償金の名目であっても非課税所得とは認められないという規範を導くことができます。

本問ですが、AがXに対し「30万円払ってもらえば実費の弁償としては足りる」と言っているため、Aの物理的損害額はせいぜい30万円程度です。これに精神的損害の15万円を加えても45万円であり、55万円については何らAの損害を補填しないものといえます。したがって、55万円の損害賠償金該当性は17号の趣旨から否定されます。」

「「以上より、総収入金額に算入される金額は、55万円に修理費用10万円を足した65万円となります。」」これで設問1の解答としては十分なはずだ。

「いいね。参考にすべき裁判例として、大阪地判昭和54年5月31日判時945号86頁(☆193頁)がある。ただ、判示を説明するのは一般の学生にとってまず無理だから、引用できなくても構わない。」

暇な時間に一読しておいてくれ、とサトシさんが僕たちに裁判例のコピーを寄越した。研究者として抜け目がない。

 

所得税法九条一項二一号(※現十七号)、同法施行令三〇条が損害賠償金、見舞金及びこれに類するものを非課税としたわけは、これらの金員が受領者の心身、財産に受けた損害を補填する性格のものであって、原則的には受領者である納税者に利益をもたらさないからである。
 そうすると、ここにいう損害賠償金、見舞金及びこれに類するものとは、損害を生ぜさせる原因行為が不法行為の成立に必要な故意過失の要件を厳密に充すものである必要はないが、納税者に損害が現実に生じ、または生じることが確実に見込まれ、かつその補填のために支払われるものに限られると解するのが相当である。
 そうすると、当事者間で損害賠償のためと明確に合意されて支払われた場合であっても、損害が客観的になければその支払金は非課税にならないし、また、損害が客観的にあっても非課税になる支払金の範囲は当事者が合意して支払った金額の全額ではなく、客観的に発生し、または発生が見込まれる損害の限度に限られるとしなければならない。

 

 

 

「この調子で設問2も検討しましょう!設問2は、B社がXに対して有していた400万円の貸金債権を貸倒損失として処理した場合の法人税法上の処理の問題ね。

問いは、400万円を損金の額に算入することができるか否かという形になっているから、法法22条3項の問題であることは明確ね。まず、3項の何号に400万円は当たりそうかしら?」お姉さんがタクヤの方を見て質問をする。

「そりゃあ、3号が適用されると思いますよ。同号は「当該事業年度の損失の額で資本等取引以外の取引に係るもの」と規定していて、22条5項の資本等取引の定義に従えば、消費貸借契約が資本等取引に該当しないことは明白ですから」

「そうだね。そして、法法22条3項3号が適用されて、そのまま400万円が損金の額に算入されるという結論になりそうだけど、何か君の方から言っておきたいことはあるかい?」サトシさんが僕に振ってきた。

これは...あの判例のことを言っているのか?

「はい。法法33条1項は資産の評価損について、その金額を原則損金の額に算入することを認めていません。これは同法が損金についても実現主義を要請していることの現れといえます。B社による貸倒損失の経理処理は、貸金債権を0円として評価したものですから、そのまま損金算入を認めてしまうと実現主義の要請に反する可能性があります。

このような金銭債権の貸倒れについて判示した判例に、興銀事件最高裁判決【58】があります。最高裁は、金銭債権の全額が回収不能であり、かつ回収不能であることが客観的に明らかであることを損金算入の要件としました。そして、回収不能であることの判断要素として、債務者側の事情債権者側の事情を考慮すべきとしています。」

「素晴らしい。債務者・債権者側の事情として何が挙げられているか覚えているかい?」

「債務者側の事情としては、債務者の資産状況と支払能力が挙げられていました。

債権者側の事情としては、債権回収に必要な労力、債権額と取立費用との比較衡量、...あと一つは忘れました。」

チラッとタクヤの方を見るが、そっぽを向いて口笛を吹いている。コイツ逃げたな...

「債権回収を強行することによって生ずる他の債権者とのあつれき等による経済的損失だね。興銀事件の事案ではこの事情が結論を分けるポイントとなったが、本問ではむしろ今挙げてくれた労力と比較衡量の事情が重要だろう。

例を挙げるとすれば、30万円の本件定期預金の存在だ。これに対して強制執行をかけることができるから、客観的に回収不能なのは470万円とするのは問題文の事実を必ずしも適切に評価できていないことになる。後は各自考えてみてほしい。

ともあれ、二人ともよく考えているね。明日の講義でも期待してるよ。」

 

 

ーー

「今日は移動に問題検討に大変だったでしょう。本当にお疲れ様!」

「こちらこそ、お疲れ様でした。今回は人数も増えて新鮮でしたね。」

僕はお姉さんと並んで、近所のスーパーの帰り道を歩いている。今日の夕飯は庭でプチアウトドアをしよう!というサトシさんの提案で、カレーを野外で作ることになった。僕たちがルーの担当で、サトシさんとタクヤの二人が飯盒でご飯を炊くという分担。

タクヤの個人LINEを見ると、「火加減って結構難しんだな」という表示があった。

「それにしても、君たちって色々違うんだねえ。」

「違うって何がですか?」

「色々あるけど、一番は問題に対するアプローチの仕方ね。

君は税法の趣旨原則から遡って論点に対する解決案を示すけど、タクヤ君はどちらかというと既存の条文の存在から結論を出していくみたいな。問題を解くためには両方の視点が必要なんだけどね。」

それは意識してなかった。普段の授業でも彼は「所得税法○○条によると、」とつけてから回答するのが癖になっている。

 

「けど、私は君の方が好きかな。そもそも論に立ちかえって物事を考えるの、論理っぽいし。まあこれは私が教えたようなものだけどね(笑)」

瞬間、心臓の拍動が跳ね上がる。

「そ、そうですか...ありがとうございます」

 

堪らず僕は顔を海岸に向けてしまった。今の表情を彼女に見られたくなかったから。

顔が紅いのは、橙に染まりきった沈む夕日のせいだけではない。

 

(答案例)

設問1
1 所得税法は、源泉の如何を問わず納税者の担税力を増加させる一切の利得を所得とする包括的所得概念を採用している。この概念によれば、XがAに支払われた100万円によりAの資産は100万円増加し、形式的に担税力が増加している。
 よって、Aの所得として所得税を課税される範囲は100万円全額となりそうである。
2(1) もっとも、Aは100万円を本件事故の損害賠償金として受け取っているため、所得税法(以下、所法)9条1項17号の損害賠償金として非課税となるか問題となる。
(2)ア 所法9条1項17号が、心身に加えられた損害又は突発的な事故により資産に加えられた損害に起因して取得した損害賠償金を非課税所得とした趣旨は、損害賠償金が損害を補填し、減少した純資産の回復をもたらすものであり損害を被る前と比較して担税力の増加を実質的にもたらさないことに求められる。
イ XがAに対して支払った100万円の内、通院治療の費用10万円に相当する部分は所得税法施行令(以下、所法令)30条1号の「損害賠償金」に該当するため、所法9条1項17号の損害賠償金に該当する。
 また休業補償相当額10万円に相当する部分は、所法令30条1号括弧書より同号の「損害賠償金」に該当する。そのため、所法9条1項17号の損害賠償金に該当する。
ウ これに対し、宅配用のバイクの修理費用10万円に相当する部分は、所法令30条2号の「損害賠償金」に該当する。
もっとも、所法令30条柱書第二括弧書は、納税者が非課税所得として課税の対象とならない消極的利益と必要経費控除(所法37条1項)の二重の利益を享受することを防止するため、所得の金額の計算上必要経費に算入される金額を補填するための金額を所法9条1項17号の損害賠償金の範囲から除外する。
本件においてAは仕入弁当を宅配する「事業」(所法27条1項)を営んでおり、バイクの修理費用はAの事業所得の金額の計算上必要経費として控除されるべきものである(同条2項)。そのため、上記修理費用10万円に相当する部分は、必要経費に算入される金額を補填するための費用であり、所法9条1項17号の損害賠償金に該当しない。
(3)ア XがAに対して支払った100万円の内残部70万円について、Aの精神的苦痛に対する慰謝料相当額15万円に相当する部分は、所法令30条1号の「慰謝料」に該当する。そのため、所法9条1項17号の損害賠償金に該当する。
イ では、それ以外の55万円が所法令30条3号に基づき、所法9条1項17号の損害賠償金に該当するか。
 前述の通り、所法9条1項17号の趣旨は損害賠償金が実質的に担税力の増加をもたらさないことに求められる。この趣旨からすれば、形式的に損害賠償金として支払われる金員であっても、実質的に納税者の担税力の増加をもたらすものである場合は、趣旨が妥当せず同号の損害賠償金に該当しないと解すべきである。
 本件事故において、XのAに対する実費弁償の額は30万円であり、また精神的苦痛に対する慰謝料の額はせいぜい15万円が相当とされている。そうだとすれば、上記55万円に相当するAの損害は発生していないといえ、同金員の分だけAの担税力は本件事故発生前と比べて増加するといえる。
 よって、55万円については所法9条1項17号の趣旨が妥当せず同号の損害賠償金に該当しない。
(4) 以上より、所法9条1項17号により非課税となるのは100万円の内35万円の部分である。
3 したがって、Aの所得として所得税が課税される範囲は残りの65万円の部分である。
設問2
(1) B社は、法人税法(以下略)22条3項3号に基づいて、同社の所得の計算上400万円を損金の額に算入することが考えられる。
(2) 33条は、法人による資産の評価損の損金算入を原則として認めていない。貸倒損失の計上は、金銭債権の評価損の計上と同視し得るものであるから、無制限に債権額の損金算入を認めると実現主義の徹底という同条の趣旨を没却する結果となる。
 そのため、貸倒れの対象となった金銭債権の全額が回収不能であり、かつそれが客観的に明らかである場合に限り損金算入を認めるべきである。回収不能であるかの判断は、債務者の資産状況、支払能力等の債務者側の事情のみならず、債権回収に必要な労力、債権額と取立費用との比較衡量,債権回収を強行することによって生ずる他の債権者とのあつれきなどによる経営的損失等といった債権者側の事情、経済的環境等も踏まえ、社会通念に従って総合的に行う必要がある(興銀事件最高裁判決参照)。
(3) これを本件についてみるに、Xは30万円の本件定期預金以外にみるべき資産を有しておらず、400万円の損害賠償債務を弁済するための資産状況にない。またXは本件事故をきっかけに甲社を解雇され、月々の給与収入を得ることができなくなった。甲社勤務時代からXは生活費にすら事欠くほど困窮していたこと、現在はアルバイトやギャンブルといった不定期の収入によるのみであることを考慮すれば、Xの弁済能力は皆無に近いといえる。
 確かにXは本件定期預金を現在有しているから、Xが任意に債務を弁済しないとしても債務名義を得て強制執行することにより、債権の一部を回収できるとも思える。しかし、Xは複数の消費者金融会社等から融資を受けており、B社以外の債権者も本件定期預金から自己の債権を回収することを想定していると考えられる。そのため、B社が単独で債権回収を強行すれば、他の債権者との間の軋轢を生み紛争に巻き込まれるリスクを負う可能性がある。また、債務名義を得るための訴訟費用や強制執行手続の費用は少なくとも40万円に達する見込みであり、これらの手続を行った結果費用倒れに終わってしまうことになる。
 以上のX側の事情やB社側の事情、経済的環境等を総合的に考慮すれば、400万円の損害賠償請求権は社会通念上全額が回収不能であり、かつそれが客観的にも明らかといえる。
(4) よって、B社は400万円全額を22条3項3号に基づき損金の額に算入することができる。

以上

 

ーーー

ドロドロの三角関係になる展開には絶対にならないのでそこは安心して頂きたい

 

次回(平成30年第2問)

lawschoolreport.hatenablog.com