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【税法ガール】第3話 Winner and Loser(平成28年第2問)

前回(第1問の解説)↓

lawschoolreport.hatenablog.com

 

 

この年の第2問個人的に激ムズ過去問の一つだと思う

 

ーーー

「お姉さん」のTA?に採用されてから2週間が経った。

TAに採用されて日常生活が激変したということでもないが、講義が終わってからほぼ毎日、例の503号室に向かうようになった。

お姉さんが必要とする本を本棚(掃除の時に新調した、費用は折半)から取り出して渡したり、必要であれば図書館や他の教授の研究室から借りに行く。

後者は、

僕「すみません、『法律家のための税法[民法編] 』という本を一晩貸して頂けないでしょうか。」

A教授「アポイントも無しにいきなり何だね君は(半ギレ)」

僕「実はかくかくしかじか~」

A教授「あぁ...あの人か...はい、返却はここのポストにそのまま差し込んでおいて。」

こんな感じだ。

どの教授に尋ねてもこんな感じなので、いったい何者なのか疑問に思う。

 

また、自前のパソコンで指示された判例の内容を検索し、それを報告するお手伝いもしている。一応N大学のロー生はLEX/DBデータベース*1を使用することができるが、

「LEXだけだと判例リサーチには不十分だから」

というお姉さんのアドバイスで、判例秘書*2とWestlaw Japanの判例検索システム*3も使うことになった。使用料は彼女持ちである。

 

それ以外にも、お姉さんから所得税法法人税法のレクチャーを受けるようになった。法人税法については、講義が後期に開講されるため先取りできる点で有難い。

所得税法についても、教科書とレジュメに沿った通常の講義形式の授業とは違ってソクラテスメソッドで進められるお陰で、自分の理解のどこが間違っていたのか・あやふやになっていたのかが明確になった。

 

こんな感じで緩く楽しく税法を勉強していた5月が過ぎ去り、6月に入ったある日、司法試験の平成28年第2問を二人で検討することになった。

 

「今日は第2問を検討しましょう!問題文は準備してきたかな?」

お姉さんが問題文が印字されたA4用紙をこちらに突き出して言った。

「はい。一応こちらで答案構成もしてきました」「素晴らしい!」

オーバーなアクションは正直苦手ではあるが、一挙一動を褒めて下さるのは悪い気がしない。

「今回は設問2がちょっとトリッキーね。まあまずは設問1を片付けましょう。」

 

 P市に居住するAは,将来,海の近くに別荘を建てる予定で,平成元年1月10日,Q市のR海岸線沿いにある100坪の甲土地を2000万円で購入し,同日,所有権移転登記も行った。ところが,その直後にAは病に倒れ,別荘計画は実行に移されることなく,平成2年11月20日にAはこの世を去った。その時点における甲土地の時価は2500万円であった。Aと同居していた一人息子Bが,甲土地を含むAの全財産を相続により取得した。
 S市に居住するCは,平成元年3月1日から,甲土地に隣接する乙土地に事務所用建物と艇庫を建築し,そこでサーフショップを個人で営んでいた。Cは,甲土地の所有者が一度もR海岸にやって来ないのをよいことに,悪いとは思いながらも,平成2年1月5日から,甲土地を上記サーフショップの駐車場として使用することにした。Bは,海沿いの別荘に全く興味がなかったので,相続後も甲土地を訪れることはなく,Cが自分の土地を勝手に使用していることにも気付かないままであった。
 Cは,平成23年1月20日,Bに対して甲土地に関する取得時効を援用して甲土地の所有権の取得を主張し,Bに対して甲土地の所有権移転登記を求めたが,Bはこれを拒否した。時効援用時における甲土地の時価は5000万円であった。そこで,Cは,同年3月1日,Bを被告として,甲土地の所有権確認及び平成2年1月5日時効取得を原因とする所有権移転登記手続を請求する訴訟をP地方裁判所に提起した。この訴訟の中で,Bは時効の完成を争ったが,P地方裁判所は平成23年11月30日にCの請求を全面的に認容する判決を言い渡し,同年12月20日に同判決は 確定した。この時点における甲土地の時価も5000万円であった。その後,Cは,甲土地について所有権移転登記を経由した上で,平成27年12月1日,Dに対して甲土地を当時の時価である5500万円で譲渡した。
 以上の事案について,以下の設問に答えなさい。

 

〔設問1〕
 甲土地を時効取得したことによるCの利益は,所得税法上,いかなる所得に分類されるか述べなさい。
〔設問2〕
 甲土地については,Aが取得してからBが時効により所有権を喪失するまでの間に含み益が生じている。最高裁判例が示した清算課税説を前提とするならば,この含み益に対する所得税法上の取扱いには,どのような問題点があるか述べなさい。   その際には,時効取得した者の取得費についても,相続による資産の取得の場合と対比した上で,言及しなさい。

 

「設問1ですが、Cは乙土地上でサーフショップを経営しているので、ショップの経営は「事業」(所法27条1項)に該当します。Cは乙土地に隣接する甲土地の取得時効を援用していますが、Cは甲土地をショップの駐車場ととして使用していたのであり同土地の占有はショップの経営に付随するものとして「事業」に該当します。時効取得の利益、本件ではCの所有権取得の利益は「事業・・・から生ずる所得」として事業所得に分類されます。」

本問も第1問と同様、問題文の事実━━━本問だとサーフショップの経営と駐車場としての土地の使用━━━を使いながら解答してみたのだが...

 

「う~ん。問題文の事実を拾うのはいいと思うんだけどねー。」

お姉さんは少し困った顔をする。27条1項の適用が誤りなのだろうか。

 

「所法27条1項の解釈に立ち返りましょう。同項の「事業」の意義言ってみて?」

「弁護士顧問料事件判決【38】によれば、自己の計算と危険において「独立して営まれ、営利性有償性を有し、かつ反覆継続して遂行する意思と社会的地位とが客観的に認められる業務をいいます。」

「そうね。この意義に照らすと、「事業」該当性は、自己の計算と危険において行われることすなわち企画遂行性と、経済活動の反復継続性の観点から判断することになるわ。

例えば本問のCによるサーフショップの経営は、サーフィンの用具の仕入れや販売方法はC自身で決めることになるから自己の計算において行われるといえるし、用具が売れなければ廃業も覚悟しないといけない。よって、企画遂行性は認められる。問題文からCは少なくとも2年以上サーフショップを経営しているから、反復継続性も認められる。よって、ショップの経営は「事業」に該当する。ここまでは大丈夫?」

「はい。」

「また、性質上事業に付随して行われる行為、すなわち事業付随行為も「事業」になりうる場合がある。もし、Cが甲土地をサーフショップ利用者のための有料駐車場として使用していたならば、駐車場の運営はショップの顧客の便宜を図る行為でありショップの経営に付随して行われると評価できるから、駐車場の運営も「事業」に含まれ駐車料

収入も事業所得に分類される。君はこのケースを想定していたのかな?」

「そうですね。」お姉さんが僕の思考をトレースするが如く説明を行っていく。

「で、次がポイントなんだけど、事業所得に含まれる所得は、事業の遂行に付随して生ずる所得、言い換えると事業付随行為によって直接生ずる所得なの。駐車場収入は、駐車場の運営によって直接生じているからこれにあてはまるけど、時効取得の場合は、時効の援用によって初めて時効利益を取得するんだった*4よね?

つまり、時効利益は資産の占有によって直接生ずるものではない。だから、例え占有行為が事業付随行為に該当しても「事業・・・から生ずる所得」といえないのよ。」

「なるほど。今回は事業との因果関係で切れる訳ですね。」

要件の検討が今回は重要になるのか。

「まあ、今回は事業所得該当性がメイン論点ではないから、ここは軽く流して一時所得(所法34条1項)該当性を認めるべきよね。同項の要件は、

➀23条から33条に規定する8種類の所得の何れにも該当しないこと

➁営利を目的とする継続的行為から生じた所得ではないこと

労務その他の役務又は資産の譲渡の対価としての性質を有しないこと

の3つだから、これを本件の事実に当てはめていけばいい。

一応、土地の時効取得による利得を一時所得に分類した裁判例がある*5けど、特段重要な裁判例でもないから書けなくてもいいわ。」

それじゃあ、問題の設問2に取り掛かりましょうと言って、お姉さんは一度席を立った。これは休憩のサイン。

 

「じゃあ、設問2を検討しましょうか。」アールグレイの紅茶を啜りながらお姉さんは言った。

「この問題ですが、色々指示があってどこから手を付ければいいか分かりません...」

清算課税説はいいとしても、問題点とはなんぞや?とお手上げ状態だ。

「設問2を分解して整理すると、

解答のゴール:時効により甲土地の所有権を喪失するまでの間に生じた、含み益に対する所得税法上の取扱いの問題点の指摘

解答のルール:最高裁判所が示した清算課税説を前提に指摘すること

解答に際し必ず言及する点:時効取得者の取得費について(相続による資産の取得の場合と対比) となるわ。

そして、出題者が時効取得者の取得費について言及を求めている以上、取得費については所得税法上何かしらの問題点があることが読み取れる。他にも問題点はあるかもしれないけど、取得費の問題点に触れることができれば答案としては及第点ね。

本問のような説明問題についても事例問題と同様設問の内容をよく分析して、何を書くことが要求されているのか出題者の意図を推測する作業が重要になるわ。」

「なるほど。勉強になります。」

そう僕が言うと、お姉さんはエッヘンと胸を張った。

清算課税説については第1問で解説したから詳しく喋らないけど、この考え方によれば、資産を譲渡した人に課税することになる。なんだけど、相続との関係で何か問題になることは無い?」

急にお姉さんが質問を振ってくる。こういう唐突な質問に弱いんだよなあ。

「そうですね...有償無償を問わず資産を移転させる一切の行為、という「譲渡」の意義に基づけば相続も「譲渡」に該当します。被相続人に譲渡所得が帰属するので被相続人に課税することになりますが、既に死亡しているので納税を強制できません。」

「そうね!もっとも、相続人は被相続人に帰属していた所得を承継するわけだから相続人が実際には納税義務を負うことになる。じゃあ、相続人は被相続人が生前負担した取得費(所法33条3項及び38条1項)を承継できるかな?」

「取得費控除を請求する権利という権利があるわけではないですから、このままだと承継できなさそうですね。」

「でも、それだと相続という偶然の事情で納税者にとって不利な事態が生じてしまう。所法60条1項は、包括承継等によって資産を取得した者に全所有者の取得費を引き継がせ、清算課税説の趣旨を貫徹させる規定と考えることができるわ。」

別段の定めである60条1項を、清算課税説の観点から考えるのか。

「で、話を今回の時効取得に戻すわね。Cは甲土地の長期取得時効を援用して甲土地の所有権を取得した。その後、CはDに甲土地を時価5500万円で譲渡しており、5500万円はCの譲渡所得の金額の計算上総収入金額に算入される。一方、Cの甲土地の取得費は、時効援用時点の資産の価額とされる(所法36条2項参照)わ*6。理由は東京地判平成4年3月10日訴月39巻1号139頁の判示部分の通りだけど、要は課税済みの所得に対する再課税の防止ね。本問だと5000万円が取得費になるわ。」

 

※判示部分

土地の時効取得による利得は、所得税法上、一時所得として所得税の課税の対象となり、その場合の収入金額は、当該土地の所有権取得時期である時効援用時の当該土地の価額であると解すべきである(同法三六条一項、二項)。そうすると、当該土地の時効援用時までの値上り益は、右一時所得に係る収入金額として所得税の課税の対象とされることになるから、時効取得した土地を譲渡した場合のその譲渡所得に対する課税は右時効援用時以降の当該土地の値上り益に対して行われることになり、したがって、右譲渡所得の計算上、その取得費の額は、右一時所得に係る収入金額すなわち時効援用時の当該土地の価額によるべきこととなる。

 

 「甲土地の取得費について、5000万円の他に含まれそうなものはある?」

「平成元年にAが負担した2000万円ですかね...ですがBがAを相続して取得費を引き継ぐのはいいとして、CがBの取得費を引き継ぐことは所法60条1項の条文上難しいと思います。」

「そう!時効取得は60条1項各号の取得事由に該当しないから、同条の適用によってCは2000万円の取得費を引き継ぐことはできない。そこが問題点ね!

Cの時効援用によるBの「譲渡」を対価ゼロの譲渡として59条2項を適用させ、60条1項2号の適用によってCに2000万円の取得費を引き継がせる解釈も考えられるけど、対価ゼロの譲渡と低額譲渡は似て非なるものだし、なにより3000万円の含み益の二重課税をCに課す結果となるわ。まあ、これについてはかなりテクニカルだから言及できなくてもいいかも。」

とりあえず解答の道筋は立ったようだ。

 

「甲土地の取得費以外で考えられる問題点は他にありますか?」僕は質問をする。

清算課税説に立つなら、本来含み益は甲土地を支配していたBに課すことになるんだけど、Cの時効援用によってその支配が離れた時点では含み益が顕在化していない。顕在化するのはCがDに甲土地を譲渡した時点だからね。そうすると、支配を離れた時点ではCに課税できないし、顕在化したとしてもCは甲土地の値上り益を享受できてきない以上課税することは法感情に反することになる。

いずれにせよ、Cに対して課税することは現実問題として難しいことが問題点として挙げられるわ。これで設問2も終わり!!」

そう言って、お姉さんは体をぐっと伸ばした。

 

ーーー

「今日の問題はどうだった?」

「第1問とは違って、自分の頭で考えさせる問題だなと思いましたね。A・B・Cそれぞれの関係性に着目して検討することが大事なんですかね。」

「そうね。関係性といえば、今回の甲土地の所有権を巡る争いは、紆余曲折あってCがBとの訴訟に勝って決着しているわ。民法の観点からは、勝者がCでBは敗者かもしれない。」

「はあ。」

「でも、税法の観点からいえば、CはBに帰属するAの取得費を引き継いで所得控除ができないし、場合によっては二重課税を強いられる立場に置かれる。

じゃあBが得したのかというとそうでもなくて、Cは含み益に対する課税を甲土地を失っているにもかかわらず強いられる可能性がある。

だとすれば、誰が勝者で誰が敗者なんて分からないじゃないかしら?」

 

そう話すお姉さんの口調は、優しい表情とは裏腹に何処か哀愁を感じさせるものだった。

 

(答案例)

設問1
1(1) Cは甲土地に隣接する乙土地でサーフショップを経営し、甲土地を同ショップの駐車場として使用していた。サーフショップの経営は「事業」(所得税法(以下略)27条1項)に該当するため、甲土地の時効取得による利益は事業所得(同項)に分類されるとも思える。
 しかし、時効取得(民法162条1項)のためには援用権者による時効の援用(同法145条が必要であり、駐車場の運営による甲土地の占有そのものによって同土地の時効利益を取得することはできない。
(2) よって、時効取得による利益は「事業」から生ずる所得にあたらず、事業所得に分類されない。
2(1) 土地の時効取得を源泉とする所得は、34条1項の8種類の所得の中に存在しない。そのため、一時所得(同項)に分類されるか問題となる。
(2) 一時所得該当の要件は、➀営利を目的とする継続的行為から生じた所得ではないこと及び➁労務その他の役務又は資産の譲渡の対価としての性質を有しないことである。
 前述の通り本件でCは、甲土地を自己が経営する店舗の駐車場として利用していたことから、営利目的が認められるとも思える。しかし、土地の占有自体に営利性は性質上認められない。そのため、要件➀はみたされる。また、甲土地の時効利益の取得はあくまで取得時効の援用によって生じるものであり、占有の対価としての性質を有しない。要件➁もみたされる。
(3) よって、一時所得に分類される。
設問2
1 清算課税説とは、資産の値上りによりその資産の所有者に帰属する増加益を所得として、その資産が所有者の支配を離れて他に移転するのを機会にこれを清算して課税するという、譲渡所得課税の趣旨をいう。清算課税説に従うならば、資産の値上りによる所得への課税は、それが帰属する資産の元所有者に対して行われるべきである。
 また、相続人が被相続人から承継取得した資産を他に譲渡したときに、被相続人が資産を取得してから同人が死亡するまでの含み益が顕在化する。そのため、含み益に対する課税は相続人が譲渡するまで繰り延べられ(59条1項1号参照)、相続人は被相続人の取得費を引き継ぐ(60条1項1号)。これは、清算課税説の帰結である。
2(1) 本件において、Cは甲土地の取得時効の援用により時価5000万円の同土地の所有権を取得し、Aが同土地を取得してからBが所有権を喪失するまでの含み益3000万円はCに帰属する。この含み益がDに対する甲土地の譲渡によって顕在化する。
 清算課税説に従うならば、Bが甲土地の所有権を喪失し甲土地がBの支配を離れて他に移転した時点でBに対し上記の含み益への課税を行うべきである。しかし、Bの甲土地の所有権喪失の時点で含み益は顕在化していないため、Bに対する譲渡所得の課税は困難である。
 このように、清算課税説では含み益への課税を論理的に説明できないことに問題がある。
(2) 資産の無償取得における取得費(38条1項)は、取得時の資産の時価相当額とされる(36条2項参照)。Cの甲土地の時効取得の取得費は5000万円となる。
Cは取得時効の援用により、甲土地の所有権を原始取得しており、AやBから承継取得したわけではない。60条1項は資産の承継取得に伴う取得費の引継ぎを規定しているため、CはAの甲土地取得費2000万円を引き継ぐことができない。
 このように、Dへの甲土地譲渡の際に含み益が顕在化しながらも、Cへの取得費の引継ぎがなされないという問題も生じる。
3 もっとも、取得費の引継ぎについては、時効取得を対価の無い資産の譲渡と解した上で、59条2項及び60条1項2号の適用によりBに帰属するAの取得費をCに引き継がせることが解釈上可能である。
 しかし、Dへの甲土地の譲渡による5500万円の譲渡所得には、3000万円の含み益も含まれている。このため、3000万円の一時所得に対する課税をCに引き継がせることは、含み益に対する二重課税と評価される問題が生じる。
以上

 

ーーー

これにて平成28年度は終了。

次年度は少し易しいので読みやすくなるかもしれない(たぶん)

更新→9月第1週中には

*1:https://lex.lawlibrary.jp/db.html

*2:https://www.hanreihisho.com/hhi/

*3:https://www.westlawjapan.com/solutions/products/westlaw-japan/

*4:停止条件説。詳細は民法総則の教科書に譲る

*5:東京地判平成4年3月10日訴月39巻1号139頁

*6:谷口・304頁